引用元:人を自殺させるだけの簡単なお仕事です
314:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:24:58.55 ID:e6Xcvivh0.net
「ああー。あれ、確かに覗かれてる感じしますよね」
青空はなぜか、はにかむように笑います
「ついにあなたも標的になっちゃったわけですね。なかまー」
「まだ決まったわけじゃない。俺の気のせいかもしれない」
「でも、仮に狙われ始めているんだとしてですよ、
なんで私より先にあなたを狙うんでしょう?
前回の経験から言うと、先に私を殺すはずなのに」
「俺もそう思ってたんだが、考えてみれば、今この場には、
『死ぬべき人間』が二人そろってるわけだ。つまり――」
315:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:25:41.50 ID:TUyGz3Xf0.net
316:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:31:28.47 ID:e6Xcvivh0.net
いちばん手っ取り早いということですね」
納得したように青空がうなずきます
「相手の人、良い判断なんじゃないですかね。
私と違ってくもりぞらさんは操られるの初めてだから、
うまく抵抗することができないでしょうし。
そっかー、私はくもりぞらさんに直接殺されるのか」
「さっさと言え、どうすれば操作に抵抗できる?」
青空はそっぽを向いて、つんとした態度で言います
「教えてあげません。教えて欲しそうだから」
317:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:40:57.75 ID:e6Xcvivh0.net
木陰に入ったところで、僕は青空の後ろに回り
青空の細くてひんやりした首に、右腕を巻き付けます
青空は力を抜き、黙ってそれを受け入れます
”気をつけ”の姿勢のまま、後ろの僕に体重を預けます
僕の腕は少しずつ青空の首を絞めていきます
体を乗っ取られるのは初めての経験でした
あまりにも違和感がなくて、最初は自分の意思で
自分を動かしているかのような錯覚を受けました
おそらく今僕の脳は、「腕が動いたということは、自分から
腕を動かそうとしたということだ」と解釈しているのでしょう
318:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 19:49:51.79 ID:e6Xcvivh0.net
やむを得ないと思い、僕は青空の体を乗っ取り、
自分(曇り空)の体を突き飛ばそうとします
しかし、僕と違い、青空には抵抗ができます
僕の操作に逆らって、一歩も動こうとしません
なるほど、青空は本当に僕に殺されたいようです
ですが、その抵抗から、僕はなんとなくヒントを得ます
青空の体がぐったりしてきたあたりで
僕の腕は徐々に青空の首から離れていきます
青空は僕の腕をすり抜け、地面に倒れます
319:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:03:19.17 ID:e6Xcvivh0.net
いったん全体の皮膚をひっくり返されて
硬いもので万遍なく殴打されたように痛みます
両手が自由に動くことを確認すると、僕は
眠そうな目で僕を見上げている青空に話しかけます
「つまり、『操作に抵抗しよう』とするんじゃなくて、
『操作の上書きをしよう』とすればいいってことか」
青空は不機嫌そうな顔で、小さな咳をします
「惜しかったなあ。気付くの早すぎですよ」
320:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:07:30.22 ID:8yk/f7qi0.net
一気に読みたいぜ
321:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:11:50.77 ID:e6Xcvivh0.net
「いや。俺の操作に、お前が抵抗する感じを参考にした。
操りながら操られることで、とても効率良く学習できたらしい」
「なるほど……とは言え、体、めちゃくちゃ痛むでしょう?」
「ああ。自分が何しゃべってるかわからないくらい痛む」
「私もです。おまけに頭はくらくらするし。暑いし。
くもりぞらさん、私、首の汗ひどかったでしょう?」
「べつに」
「ひどかったんです。ああ恥ずかしかった」
どうでもいいことばかり気にする女の子です
322:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:18:05.83 ID:e6Xcvivh0.net
目をそらした青空の頬を強めに引っぱります
「いたいいたいー」と青空は気の抜けた声で言います
「なあ、なにが『教えてあげません』だよ?」
「あなたのまねです。ざまーみろ」
「しかも俺の操作に抵抗しやがった」
「おかげでコツを掴めたんでしょう、良かったですね」
僕は立ち上がろうとして、後方にバランスを崩し、
手をついてその場にへたりこみます
その拍子に、地面にあった枝で手を切ってしまいます
まあいい、と僕は気にせず放っておきます
323:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:19:47.13 ID:4wnd+Egb0.net
325:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:28:22.95 ID:e6Xcvivh0.net
立ち上がるだけで汗だくになりました
石畳からの照り返しが暑さに拍車をかけます
芋虫みたいな速度で涼を求めて歩きます
広場の噴水のふちに腰掛けようとしたとき
僕は勢いあまって水の中に落ちました
腹筋に力が入らないとこういうことが起こるのです
327:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:37:02.97 ID:e6Xcvivh0.net
広場にいた人たちの視線が僕に集まっています
青空は体の痛むところをおさえながら笑っています
僕は諦めて、両手をついて水中に座り、空を見上げます
飛行機雲がふんわりまっすぐのびています
近くの木にとまった二羽のカラスがこちらを見ています
もうすぐ餌になる対象を見るような面構えです
328:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:44:02.76 ID:e6Xcvivh0.net
「また誰かに操られてるんですか?」
「涼しげでいいだろう」と僕は答えます
「体中痛いんだから、笑わせないでください」
「笑い死ね」
「びっしょびしょじゃないですか」
青空はそう言うと、噴水のふちに立ち
ひょいと飛んで僕の横に着水します
水飛沫があがり、僕は目をつむります
広場中の視線が再び僕らに集まります
329:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:53:21.95 ID:e6Xcvivh0.net
僕は青空が体を起こすのを手伝います
「溺死するところでした」と青空は言います
「こんな子供用プールより浅い場所で」
「『噴水で女子高生死亡』なんて、
ニュースを見た人が首を傾げるぞ」
「気持ちいいですね」青空は目を閉じて言います
「今もう一回操作されそうになったら、抵抗できます?
331:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 20:58:39.66 ID:e6Xcvivh0.net
今なんか、頭を下げるだけで溺死させられるのに」
「抵抗されて、びっくりしてるんじゃないですか?
経験のあるくもりぞらさんに聞きますけど、
操作に逆らわれたとき、どんなことを思いました?」
僕は少し考えてから、答えます
「お前の場合、それ以前に色々とイレギュラーだったから、
抵抗されても不自然に感じなかったんだよな」
332:名も無き被検体774号+:2012/07/30(月) 21:07:36.54 ID:e6Xcvivh0.net
ちょっと嬉しそうな表情になります
「でも相手が仮にお前じゃなかったとしたら、
確かに、驚いて、様子見に入るかもしれない」
「なるほど……。あ、そうだ。くらえくもりぞらさん」
青空はそう言いつつ、僕の顔に水を掛けます
僕も無言で二倍の量を掛け返します
しばらくそれを繰り返した後、噴水を出て服を絞り、
水をぽたぽた滴らせながらベンチに行き、
並んで座って服が乾くのを待ちました
時刻を知らせる鐘が広場に鳴り響きます
服が乾くと、青空はくしゃみとあくびを交互にして、
「それじゃあ、また」と言って帰って行きました
342:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 01:02:40.41 ID:UnXFum7+I.net
すごい面白いなこれ!
343:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 01:08:35.28 ID:b+xqAtiY0.net
今世紀最大の良スレの予感。
がんばって完結させてくれよな!
369:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 22:34:33.50 ID:rIGoNaRq0.net
会うことはないのかもしれないな、と思います
向こうがなりふり構わずに来れば、
僕たちがちょっとやそっと抵抗したところで、
速いか遅いか程度の差にしかならないでしょう
どうせなら部屋を思いっきり汚しておこう、
そう僕は思います
片付ける人の苦労を少しでも増やすために
それから二週間が過ぎます
397:1:2012/08/01(水) 10:50:19.65 ID:o8xWRF6G0.net
>>369と>>371の間に本来これが入るはずだったんだな
その日、喫茶店で本を読んでいると、
自分の名前が呼ばれたような気がしました
もちろん、”くもりぞら”ではない方の
顔を上げると、店員が僕の顔を覗き込んで、
「やっほー」と手を振っていました
同学部の先輩、顔を合わせれば
挨拶はする程度の仲の人です
しばらく、スクリプトに従ったような
様式に忠実な会話を僕らは交わしました
371:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 22:42:27.33 ID:rIGoNaRq0.net
先輩に気付かれないよう、そっと店を出ます
この店にくるのはもうやめにしよう、と僕は決めます
結構お気に入りの場所だったのですが、
知人がいるとなると、どうしようもありません
次の店を探さなきゃな、と溜息をついたとき
ふいに僕は体をのっとられました
遅かったじゃないか、と僕は思います
どうくるのかと自身の体の様子を見ていると、
まっすぐどこかへ向かって歩きはじめます
372:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 22:48:32.83 ID:rIGoNaRq0.net
僕は操作に抵抗して、口を動かします
自分を殺そうとしている相手との
コミュニケーションを試みます
「二分でいいから、話を聞いてくれ」
しかし僕の体は構わず動きつづけます
「あんたにも関係のある話なんだよ」
舌は思い切り攣ったような痛みが走り
唇の端が切れて血が垂れてきます
375:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:03:09.25 ID:aZOJ4cxH0.net
376:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:06:14.80 ID:rIGoNaRq0.net
頭にぱっと浮かんでくるんだと思う?」
慎重に言葉を選びながら、僕は言います
「俺はこれまで、六人の標的を自殺させてきた。
たぶん、お前と同じようなやり方で。
だが七人目を殺すことが出来なかった」
「そうして今、お前に命を狙われてる。
以前自分が他人にしていたことを、
今度は他人に自分がされているわけだ」
378:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:13:54.91 ID:rIGoNaRq0.net
『人の体をのっとって操れる人がいる』
ということを前提として知らない限り、
自分が操作されている事実には、
なかなか気付けるものじゃないらしい。
「それくらい自然に感じられるんだ、
体をのっとられて動かされるってことは。
あるいは、起こっていることが不自然すぎて、
事実を受容できないのかもしれない」
「そこまではいい。しかし、ここから俺が言うのは、
証拠はないし、論理が飛躍しているし、
何より自分にとって都合がよすぎる考えだ」
379:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:20:40.79 ID:rIGoNaRq0.net
実に自然に、体をのっとられているんだとしたら?
俺たちは自分で考えて人を殺しているように感じているが、
実際のところ、操られているだけだったとしたら?」
そこまで言って、僕は限界を悟ります
これ以上喋ることは出来なさそうです
足が止まる様子はありませんでした
380:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:26:37.42 ID:rIGoNaRq0.net
道路には、浴衣を着た小さな子供や
自転車を漕ぐ小学生の男の子たちや
ちょっとお洒落をした中学生のカップルなど
街の祭に向かう人がちらほら見られます
八歳と六歳くらいの兄妹が
互いに虫よけスプレーをかけあって
その匂いが僕のところに流れてきます
少し遠くから笛の音が聞こえてきます
焦げたソースの香りもしてきました
名前を呼ばれた気がしました
381:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:36:58.46 ID:rIGoNaRq0.net
視界の隅にブルーのスカートが見えました
「あの後、すぐ仕事が終わったんだよ。
それで、歩いてたら、君の姿を見つけて」
その声で、僕は相手が誰だか知ります
「ねえ」と先輩は言います、
「さっきのって、やっぱり独り言だよね?」
僕は無言で先輩の顔を見つめます
先輩は僕の口元を見て、目を丸くして、
「血、出てる」と口を指差して言います
382:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:40:01.64 ID:7kQeC5kq0.net
383:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:42:50.71 ID:rIGoNaRq0.net
動揺の証と受け取ったらしい先輩は
なぜか「大丈夫だよ!」と励ましてきます
「私の友達にも、君みたいな子、いたよ。
でもそれはただの一時的な病気で、
別に特別気に病むことじゃないんだよ」
よく分かりませんが、ひとまず、
ある点において手間が省けました
僕は先輩の体をのっとり、言うことを聞かない
自分の体を地面に叩きつけます
柔道で言うところの大内刈を、
先輩の体を使って僕にかけたわけです
384:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:50:15.48 ID:rIGoNaRq0.net
そのまま先輩に喋ってもらうことにします
僕の体は先輩を振り払おうとしますが
その動きは僕自身が抵抗して軽減します
「あんただって、いつかは俺たちみたいに、
どうしても殺したくない相手に出会う。
そして次の瞬間にはあんたが命を狙われるんだ。
そういう繰り返しは、もうやめにしないか?」
そう言った後、続ける言葉を考えて、
しばらくその体勢のままでいると、
いつのまにか僕の体の操作は解けていました
ここまですることはなかったのかもしれません
地面に転んだ時にぶつけた肩が痛み出します
385:名も無き被検体774号+:2012/07/31(火) 23:57:02.42 ID:rIGoNaRq0.net
先輩はじっと目を瞑ったまま、動こうとしません
何かいって離れてもらおうとしましたが
口がまったく言うことをききません
この分だと食事にまで支障をきたしそうです
もう一度先輩の体をのっとり、僕を解放します
「こんなことするつもりはなかったんだよ」
先輩は青ざめた顔で言います、
「それに、自分でも意味の分からないこと
口走っちゃったり、私、どうしたのかなあ……」
「夏ですし」と僕は言います、「そういうこともありますよ」
391:1:2012/08/01(水) 00:34:11.99 ID:o8xWRF6G0.net
468:1:2012/08/04(土) 20:48:18.08 ID:Axa50L7/0.net
・>>385の最期の一行は忘れろ! 純粋なミスだ
・>>369と>>371の間に>>397が入る予定だった
・とっくに落ちてるものと思ってた、保守に感謝
473:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:07:42.00 ID:Axa50L7/0.net
先輩がそう聞いてきます
口をきくことのできない僕は、頷いて
「大丈夫」という意志を示そうとしましたが、
先輩は僕が声を出せないのを
ショックのせいだと思い込んだようです
泣きそうな顔で謝り続けて来ます
少し気の毒に感じましたが
説明の仕様がないし面倒なので
僕は先輩の体を硬直させると
その場を逃げ出しました
476:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:16:15.55 ID:Axa50L7/0.net
重たい体を引きずって僕は家に帰りました
アパートに着き、自室の鍵を開け中に入ると、
服も脱がずにベッドに体を投げ出します
部屋は蒸し暑く、体は痛みます
扇風機をつける元気さえありません
ひどく喉が渇いていましたが
体を起こして水を汲みに行くのさえ億劫でした
いろいろと面倒だなあ、と僕は思います
「ここがくもりぞらさんの家ですか」と青空が言います
477:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:27:37.30 ID:Axa50L7/0.net
冷蔵庫の照明に照らされた青空の顔が目に入ります
青空はハイボールの缶を勝手に取りだして
プルタブを引いてごくごく飲んでいます
缶から口を離すと、青空は「おいしいー」と笑います
僕は安心して再びベッドに横になります
478:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:36:06.45 ID:Axa50L7/0.net
本来もう少し前に言うべきだったんですが、
なんだか私に気付いてないみたいだったんで、
ここぞとばかりに尾行させてもらいました」
僕は何か言おうとしますが、上手く喋れません
青空はロング缶をひとつ空にすると、
「反撃開始ー!」と言って部屋に入ってきます
顔はうっすら赤く、酔っ払っている様子です
479:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:43:10.38 ID:Axa50L7/0.net
あるいは単に酔っ払っているからか
青空は人の部屋を漁りはじめます
煙草のカートンを見つけると、青空は
「お酒を捨てられた仕返しです」と言って
ゴミ袋に放り込みます
CDや本も、ほとんど捨てられます
青空なりの基準が存在しているらしく
青空はときどき「これはよし」と言って
一部のものは、棚に戻されます
480:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:46:06.97 ID:YAwDR5oI0.net
481:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 21:50:16.00 ID:Axa50L7/0.net
コップに水を汲んでくるよう頼みました
青空は台所でコップに冷たい水を注ぐと
「ほーら水ですよー」と言いながらやってきて
ベッドに寝る僕の顔に1mくらい上から垂らします
僕は口を開けてどうにか水を飲みます
顔もベッドもびしょ濡れになりますが
少しでも水を飲めたことを僕は喜びます
482:名も無き被検体774号+:2012/08/04(土) 22:00:45.39 ID:Axa50L7/0.net
ベッドに腰掛けた青空は、空き缶で僕の頭を
こつこつ叩きながら言います、「でも私は元気です」
僕は「後で見てろよ」という目線を送ります
「出て行ってもらいたそうな顔してますね」
青空は楽しそうに言います
「だから出て行ってあげません。あはは。
――それにしても、くもりぞらさん、
さっきから喋りませんね。動きませんし。
疲れてるんですか? なんかありました?」
僕が何も答えないのを見て、
「ん、まあいいや」と青空は言います
「とにかく、千載一遇のチャンスですね」
483:sage:2012/08/04(土) 22:02:36.41 ID:FCIETdtc0.net