魔王「ああ……世界は美しい」【番外編】




魔王「ああ……世界は美しい」

前スレ:魔王「ああ……世界は美しい

関連スレ:勇者「拒否権はないんだな」
    勇者「拒否権はないんだな」【番外編】
    勇者「俺は……魔王を倒す!」



4111 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/26(火) 13:17:40.75 ID:ymwhiM+QP

??(……… ………)
??(うぅ………ここは、どこ、だ……)
??(……街……否……廃墟、か……?)
??「痛……ッ 身体、が……」
??(関節が痛む…… 長く、伏して居たのか)カチャン……
??(……剣、鋼……の剣、か……俺のか?)
??(俺…俺は………男か?)
??(………折れた、十字架……あれは、教会)キョロ
??(……立てるな)
??(空が………灰色をしている……雲、か?)
??(……空気が、重い)
??(誰も、居ない………どちらに、行けば良い)
??(………あっちか…?否、森か……では)
??(……潮風の、匂い………向こうか)スタ ……スタ
??(海に……出る、のだろうか)スタ……スタ
??(……身体中が、痛い)
??(……先が、見えない)
??(歩けば、着くか)

……
………
…………

??(随分、歩いたか……否)
??(……ん、あれは………港……?)
??(馬車が、走っていく………あっちは、森しかなかった筈だが)
??(違うのか……随分と、立派な馬車だな)

ガラガラガラガラガラ……

??(誰が乗っているのか、は……見えないな)
「おい、そこの兄ちゃん!」
??(………?)
「おいおい、お前随分汚れてるな……大丈夫か?」
??「……俺、か」
「お前さんしか居ないだろ……船に乗るのか?」
??「船……?」
「おう。この船が最後だぜ、こんな……廃墟の街にくる用事なんかねぇからな」
「逃したら二度と出れないかもしれないが……良いのか?」
??「………金が、無い」
「はぁ!?」
??「ここは、何処だ? ……俺は………?」
「………おいおいおい、何だそりゃ……ちッ訳ありかよ……」
「仕方ないな……良いよ、乗りな」
??「良いのか」
「放って行って欲しいならそうしてやるよ……自分で決めな」
??「……頼む」
「お願いします、だろ?」ニヤニヤ
??「………お願いします」
「……素直だな、まァ、良いだろう……ほら、早く乗りな。話は中で聞くよ」
??「………感謝する」スタスタ……
「大丈夫かね、ありゃ……まぁ、良いか……野郎共!船を出すよ!」
「出航だ!」

アイアイサー!




4131 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/26(火) 13:28:05.83 ID:ymwhiM+QP

??「…………」
「なァにぼさっと突っ立ってんだい!金が無いなら働いて貰うよ!」
??「……この船は、商船か?」
「そんなモノと一緒にして貰っちゃ困るね。この船は天下の大海賊様の立派な海賊船だよ?」
??「……海賊?」
「そうさ、あんな廃墟に普通の商船に何の用事があるって言うんだい」
??「……お前、は海賊なのか」
「お言葉だね……この船に、アタシ以上に偉そうな奴が乗っている様に見えるかい?」
??「……お前が、船長?」
船長「そうさ……これがアタシの海賊団の動く要塞。不沈の海賊船だよ」
??「……そうか」
船長「……アンタね、もうちょっと驚きなよ。これでもちょっとばかし、有名な海賊団なんだぜ?」
??「……すまん。どうやら……記憶が無い様なんだ」
船長「は?」
??「どうしてあそこに居たのか、何処から来たのかも……わからない」
??「……名も、解らん」
船長「……まじ?」
??「嘘を吐いてどうする」
船長「参ったねぇ……とんだ拾いモンだ」
「船長! ……あれ。誰です、それ」
船長「あー……拾った」
「拾ったぁ!? ……奴隷ですか」
船長「……」ギロ
「ひッ ……じょ、冗談ですよぅ」
船長「用事が無いなら持ち場に戻りな!」
「いや、呼びに来たんですよ、俺は……」
船長「ちッ ……仕方ない。おい、アンタ……取りあえずそこの小部屋に入ってな」
??「……あ、ああ」
船長「アタシの部屋なんだからね!いじくり回すんじゃないよ!」
「……船長、男前に弱いからなぁ」ボソ
船長「何か行ったかァ!?」
「し、失礼しまああっす!」タタタタタ




4301 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 09:30:29.71 ID:liHUzSTPP

??「………」スタスタ
船長「一眠りしてると良い……アタシのベッドで変な事はすんなよ?」ニヤニヤ
??「………」パタン
??(下品な女だ)
??(………)ゴロン
??(………暖かい、な……)スゥ
??(…………)

船長「……先にコッチに行ってそれから……」ブツブツ
??「………!」ガバ
船長「アァ、やっと起きたかい」
??「……俺は、どれぐらい……」
船長「あれから5時間程だな……疲れは取れたか?」
??「疲れていたのかどうかすら……」
船長「記憶喪失って奴かァ? ……名も覚えて無いって言ってたな」
??「ああ……」
船長「剣士、だ」
??「剣士?」
船長「名前が無いと不便でしょうが無いだろ。文句あるかい?」
剣士「……否」
船長「オーケィ。で、だ……本当に何も覚えちゃ居ないのか?」
剣士「ああ……気がついたらあそこに倒れていた」
船長「あそこがどこだか……知ってる訳ないな」
剣士「……空が灰色だった」
船長「あそこは最果ての街と呼ばれてる」
剣士「最果ての街?」
船長「そうだ。世界の果ての、果てにある朽ちた街」
剣士「……無人では無いのだろう?馬車と……すれ違った」
船長「森の方向に走っていっただろ?随分と立派な馬車が」
剣士「ああ……」
船長「あれに荷物を下ろしたのさ。アタシ達の大事な顧客様さ」
剣士「……人が、住んでいるのか?森しか見えなかったが」
船長「……知りたいか?詮索は時に身を滅ぼすよ」ニィ
剣士「…………」




4311 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 09:41:13.87 ID:liHUzSTPP

船長「仲間とは秘密を共有する義務がある。そうやってアタシ達は信頼し合う」
剣士「………」
船長「行く当ては?」
剣士「……俺は……」
船長「わからない、か」
剣士「……ああ」
船長「思い出すまで、置いてやっても良い。が……きちんと働いて貰うよ?」
剣士「……感謝する」
船長「あんな場所に居るからには訳ありなんだろうしな」
剣士「あんな……場所? …廃墟か」
船長「それだけじゃない。あの森の奥には魔王の城があると言われているのさ」

剣士「……魔王、の城……」ズキン
船長「そう、だけど魔王は……! どうした!?」
剣士「……頭が……魔王……」ズキンズキン
船長「………」
剣士「俺は……魔王を、倒さなければ……」ズキンズキン

船長「それは、無理だ」
剣士「……何?」
船長「無駄だよ……ついこの間、勇者様が魔王を倒したって話だ」
剣士「………魔王を、倒した」
船長「………封印したと言う方が正しいのかもしれないがな」
剣士「どういう事だ?」
船長「世界のありとあらゆる場所に蔓延る魔物の力が、急に弱くなった」
船長「アタシ達は常日頃から、海の魔物を相手にしてるんだ」
船長「驚いたよ……だけど、奴らは消えては居ない」
剣士「………」
船長「それに、この船にはくたばり損ないのジジィだけど」
船長「一応魔法使いが居るのさ……自称物知り、のね」
剣士「……そう、なのか」




4321 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 09:50:28.25 ID:liHUzSTPP

船長「そのジジィの話だと、魔王ってのは何度も封印されては復活しているらしい」
船長「その内また、新たな勇者様とやらが産まれれば……復活した魔王を倒してくれるんだとさ」
剣士「……仕留め損なった、のか」
船長「さてね。仮初めだが、平和にはなったんだろうさ」
剣士「……さっきの、馬車は?」
船長「知りたいか?」
剣士「……仲間とは秘密を共有しあうんだろう」
船長「言ったね?……まあ、良いだろう。アンタ、いい男だしね」
剣士「……関係あるのか?」
船長「目の保養って言葉は知ってるかい?」
剣士「………」
船長「あの森の奥には、魔王が住んでると言われている。常に灰色に淀んだ空の下に」
船長「聳える、古い居城があるらしい……が」
船長「あの森を抜けてそれを確かめた人間は居ないって話さ」
剣士「……しかし、あの馬車は」
船長「人間は、と言っただろう?」
剣士「……!まさか!?」
船長「さっきも言った。詮索は時に身を滅ぼす……アタシ達は、金さえ払って貰えりゃ」
船長「文句はネェ……あの馬車に乗ってた女はな」
船長「随分昔からお得意様なのさ」
剣士「………女?」
船長「顔は隠してやがるがね……声と雰囲気で解る」
剣士「……魔族、なのか……?」

船長「さぁな。だが、常識で考えられない値段の物を」
船長「常識で考えられない数注文する」
船長「アタシ達は何とでもして、その依頼を早急にこなす」
船長「……それだけで、2,3年は何もせず遊んで暮らせる額を稼げるからね」
剣士「………」




4331 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 10:02:14.78 ID:liHUzSTPP

船長「アタシの親父が若い頃は、とびきり上等な蒼い布を届けた事もあったらしい」
剣士「……今回は?」
船長「今回のはとびきりおかしかったね」

船長「魔除けの石を、ありったけ……何考えてるか解りゃしネェが」
剣士「金さえ払って貰えれば……か」
船長「そう言うこった」ニィ

剣士「……お前の、親父は?」
船長「ついこないだ、さ……海の魔物に食われて死んだよ」
剣士「……すまん」
船長「気にする事じゃない」
剣士「なのに……魔物を相手に商売するのか」
船長「生きる為だ。食う為だ……金を稼ぐのに、アレは嫌コレは嫌なんて」
船長「……言える身分じゃ、海賊なんてやってネェよ」

剣士「強い、んだな」
船長「……人には、分不相応の幸せってものがあんのさ」
剣士「………」
船長「さて、そろそろベッドに寝かして貰えるとありがたいんだけどね」ス…
剣士「あ、ああ……悪かった…… ……」ギシ
船長「……眉間に皺刻んでんのもイイね、アンタ」
剣士「………何故、上に乗る」
船長「男と女が一つの部屋で一人きり……他に何するんだい」
剣士「………」ハァ
船長「諦めが早いのは良いことだ。アンタ、得するよ……この世界ではね」
剣士「断れる状況でも無いだろう」
船長「おまけに、飲み込みも早い……アンタ、海賊に向いてるよ」チュ
剣士「……褒められているのか、それ…は… ……」

……
………
…………




4341 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 10:13:28.37 ID:liHUzSTPP



船長「……て、訳だ。今日から仲間の剣士だ、お前ら、仕事教えてやれよ!」
「アイアイサー!」
センチョウ、クッタナ
オトコマエニヨワイカラナ

ヒソヒソ
ヒソヒソ

船長「んじゃマァ、恒例の……儀式の準備だ!」

オオオオォ!

剣士「……儀式?」
船長「海賊の掟さ……剣を構えろよ、剣士」
剣士「……何?」
船長「海の男は強く無いと……な!」ブンッ
剣士「………ッ」ガキィン!
船長「受け止めたか……伊達じゃネェな」
剣士「お前とやるのか」
船長「アタシから一本取ったら認めてやる……死なない様に、精々気をつけな!」
剣士(……この、女、強い!)

キィン!
ガン!

剣士(……身体が、勝手に動く。俺は……)
船長「流石、だね……ッ フ…こうじゃなくちゃな!」ブゥン!
剣士「上か……ッ」ガシィン!

グラグラグラ……

船長「!」
剣士「……ッ なんだ ……ッ」

「船長!魔物が!」

船長「ち、こんな時に……ッ 大砲の準備だ、急げ!」
船長「ビビんなよ、テメェら! …魔物は弱くなってる!」
船長「ジジィ呼んで来い!雷で沈めちまえ!」

「船長!数が……ッ」
「ジジィ死にますよ!昨夜からくたばってます!」

船長「何!? …糞、アタシも出る!銛もってこい!」
船長「あんの糞ジジィ、死ぬなら海の上で死にやがれ!引きずりだせ!」
剣士「……俺が行こう」スタスタ
船長「は!? …そりゃアンタの腕なら助かるけど」
船長「……魔物は海の中だ。剣一本じゃ……あ、オイ!」

剣士「………」スタスタ
剣士「……多いな」
船長「待てって、剣士 ……!」
剣士「……下がれ」

剣士(海の魔物は、雷に弱い ………か)
剣士(………ッ)グッ ……バリバリバリ!

ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!




4351 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 10:24:37.15 ID:liHUzSTPP

船長「…………」
「…………」
「…………」
剣士「………」
剣士(今のは、俺が……やった、んだ、な……)
剣士(俺は……魔法が? …否)
剣士(剣から……稲妻がほとばしった)
剣士(…………俺は、何だ?)

船長「す、スゲェ……今のは、魔法…か?」
剣士「………さぁ、な…… ……」ガク
剣士(……意識、が……)バタンッ
船長「……おい、剣士!?」

……
………
…………

ジジィ「……成る程のぉ」
船長「テメェがくたばってるから悪い」
ジジィ「口を慎め、この小娘は全く……」
船長「口が悪いのは、こんな育てた糞親父に言えよ」
ジジィ「死人に文句言っても仕方なかろうが」
船長「涅槃で待っててくれるさ。死に損ないめ、何なら今すぐ感動の再会させてやるよ」

ジジィ「……この青年……何色の瞳をしておったかの」
船長「聞けよジジィ……ったく。目の色ぉ? ……確か、紫だ。それがどうした」
ジジィ「頭の悪い小娘じゃの。この間教えてやったろうが……瞳は、その者の加護を写し取る」
船長「こいつは雷の魔法で魔物を沈めたぜ」
ジジィ「それじゃ。雷の加護ならば、黄土や茶を彩る事が多い」

船長「……テメェ、何が言いたい?」
ジジィ「紫と聞いて連想するのはなんじゃ?」
船長「………」
ジジィ「難しい質問じゃったかのぅ ……闇、だと思わんかの」
船長「こいつは……魔族だって言いたいのか?」
ジジィ「最果てで拾ったんじゃろう……想像には容易いの」

船長「………こいつは仲間だ。誰がなんと言おうと、文句は言わせネェ」
ジジィ「ハ!小娘が……惚れよったか」
船長「黙れ色ぼけジジィが!」

ジジィ「……もしくは、闇に触れその瞳を灼かれた、か」
船長「……何?」
ジジィ「魔王を倒すと……言うておったんじゃろう」
ジジィ「記憶の一部とすれば……勇者一行の一人だったのかもしれんのぅ」
船長「………」
ジジィ「魔王は封印されたのじゃろうが……勇者の帰還の知らせは……届いておるかの?」
船長「否……」
ジジィ「そう言うこった……命からがら、逃げ帰った、のかもしれんな」
船長「………」




4371 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 10:34:09.14 ID:liHUzSTPP

ジジィ「剣を媒介に、魔法を行使し、弱っているとは言え」
ジジィ「魔物の大群を一人で沈めたのじゃろう……勇者の仲間と考えれば」
船長「説明もつく、か……成る程な」
ジジィ「今日はゆっくり寝かせてやるんじゃな」
船長「ああ……悪かったな、ジジィ」
ジジィ「儂も腐っても海の男じゃ」パタン

船長「……生きてる世界の違う男か。クールじゃネェか」
船長「剣士………」チュ
剣士(スゥスゥ)

……
………
…………

船長「剣士、空だ……!」
剣士(……翼の敵には……風、か)グッ

ギャアアアアアアアアア!

船長「お見事……お前が一人いれば、この船は安全だな」
剣士「……働かせ過ぎだ」
船長「働かざる者食うべからず、だぜ」
剣士「まあ……そうだな」

剣士(拾われて、共をして……5年か)
剣士(……潮時、だろうな)
剣士「船長」
船長「ん? ……もうすぐだ。もうすぐ港に着くぜ」
船長「魔導の街のすぐ傍の港街だ。世界中から情報や物資が集まる」
船長「……何かお前の役に立つモンがあれば良いな」
剣士「ああ……すまん、話したい事が」
船長「今か?」
剣士「できれば」
船長「……良いだろう。オイ!お前ら!着港まで気抜くなよ!」
船長「団旗を降ろして、商船を装うのも忘れるな!」

アイアイサー!

船長「良し……部屋で良いか」
剣士「ああ」




4381 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 10:39:46.87 ID:liHUzSTPP

剣士「………」
船長「降りるのか」
剣士「……ああ」
船長「気にして……るのか」
剣士「気付いてたか……は、愚問だな」
船長「当たり前だ。何年一緒に居ると思ってる」
剣士「………」
船長「……お前の見た目が変わらないのも、加護に捕らわれずに魔法を使えるのも」
船長「誰も、何も気にしない。お前が何者だろうと、お前はお前だ」
剣士「……ありがとう」
船長「陸に上がれば生き難いぜ」
剣士「……解ってる」
船長「一所には留まれない」
剣士「ああ……」
船長「前に話したな。お前が……勇者の仲間だったんじゃ無いかって」
剣士「荒唐無稽な話だったな」
船長「アタシは今でも信じてるぜ?」
剣士「……俺は、人では無いだろう。だとすると……あり得ない」
船長「勇者ってのは、そんな器量の狭い存在じゃネェと思うけどな」
剣士「………」
船長「特別、なんだろう?光に選ばれた勇者、ってのは」
剣士「……だろう、な」
船長「降りて……どうする」
剣士「……勇者の誕生を待つ。魔王の復活を待つ」
船長「………」
剣士「恐らく……俺は、それまで生きているだろう。この……姿の侭」
船長「確証はあるのか? …思い出した、のか」
剣士「……否。何も」




4391 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 10:45:11.04 ID:liHUzSTPP

剣士「だが……俺は、魔王を倒さなければ行けないらしい」
船長「……そう、か」
剣士「……ああ。魔導の街とやらに、行ってみようと思う」
船長「わかった……下船を許可する」
剣士「あっさりだな」
船長「引き留めると思ったか?」
剣士「………少し」
船長「寂しいか?」
剣士「………」

船長「ハハッ 良いさ……お前は、違う世界で生きてる。それは……解ってた」
剣士「お前の事は……忘れない」
船長「ありがたいね。だが……アタシは過去に拘る生き方はできねぇんだ」
剣士「……忘れてくれて構わん」
船長「……甲板へ行け。挨拶は忘れるなよ」
剣士「ああ……解ってる」
船長「下らネェ死に方はすんなよ」
剣士「……無論だ」パタン

船長「……下らネェな」ポロポロポロ
船長「死ぬなよ、剣士。アタシに……魔物の居ない平和な世界の海を渡らせてくれよ」




442名も無き被検体774号+2013/02/27(水) 12:19:02.08 ID:KjjnZmKaO

乙!
剣士と船長いいかんじだな




443名も無き被検体774号+2013/02/27(水) 13:23:25.24 ID:PEP+DoRlP





4441@もしもし ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 16:37:34.85 ID:U8xg2waZI

職場から少しだけ




4461@もしもし ◆6IywhsJ167pP 2013/02/27(水) 16:58:03.36 ID:U8xg2waZI

……
………
…………

剣士(……一人、か。気楽で良い…筈なんだが)
剣士(………)
剣士(寂しい……か。そうか……そうだな)
剣士(楽ではあった…楽しくも。 ……だが)
剣士(俺は……魔王を倒すまでは……逝けない)
剣士(確か……大きな図書館があるとか言ってたな、爺さん)
剣士(人の出入りも激しい……暫くは……大丈夫だろう)

??「図書館は……あれか。どうする。行ってくるか?」
??「はい。貴方は……どうされます?」
??「……俺は良い。宿の手配と、そうだな……武器屋にでも行っている。気にせずに行ってこい」
??「はい……すみません」
??「気にしなくて良い……書物の数も膨大なのだろう。では、後でな」スタスタ
??「はい……では、宿で」テクテク

剣士(……知恵を求める者は多いんだな)
剣士(先に……宿を取るか。さっきの戦士風の男は……あそこか)キョロキョロ
剣士(……確か、別の場所にもあったな。無意味な接触は避けるべきだ)スタスタ

……
………
…………

??「すみません、図書館を利用したいのですが……」




4521 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 09:40:14.97 ID:aJ4rDMrYP

おはよう!今日もバイトまで!




4531 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 10:04:14.22 ID:aJ4rDMrYP

「はい、どうぞ……ここは、求める者全てに平等に開かれております」
「お探しの案件は? …数が数ですので、ご案内させていただきますよ」
??「……そうですね、一人で見てると、日が暮れてしまいそうですし」
??「魔力の……具現化の方法についての書籍を、探しております」
「……旅の僧侶様とお見受け致しますが」
??「まあ……そのような者です」
「ああ、やはり……得の高い聖職者様の魔力を結晶化させた物は」
「上等な魔除け石として、貴族様の間で重宝されておりますものね」ニコリ
「お勤め、ご苦労様でございます」
??「……いいえ」
「具現化や結晶化についての本は……この、棚のあたりにまとめてあります」
「赤い棚ですので、すぐにわかるかと……地図をお渡しいたしますね」
??「ありがとうございます」
「また、何かありましたらお声をおかけ下さいませ」
??「ええ……ありがとうございます。助かりました」スタスタ
??(赤い棚……赤い棚………あ、あれかな)
??(でも、丁度良かった……魔除けの石の生成方法の本なら……)
??(あった……これだ)
??(旅の僧侶……か。間違えては居ないですね)
??(この格好してて、良かった……彼は、立派な戦士に見えるし)
??(………禁持出、か)
??(取りあえず、重要な所だけ……読んでしまおう)

……
………
…………

??(………は、しまった、今……何時だろう)
??(おもしろくてつい……読んじゃった)
??(……うぅ、まだ読みたい、けど………今日は、ここまでにしなきゃ)
??(戻して……行かなくちゃ)タタタタ
「お帰りですか、僧侶様……またのご利用、お待ちしております……」
??「は、はい……ありがとうございました!」タタタ、バタン
??「えっと宿は……あ!」
??「……お帰り、癒し手……じゃなかった、僧侶」
癒し手「そっ ……戦士さん、すみません!つい……!」
側近「気にするなと行っただろう?」
癒し手「ぅ、でも……結局迎えに来て下さったんですね」
側近「まあ……日も暮れたからな。街の中とは言え……何かあっては困る」
癒し手「すみませ……あ」グゥウウ
側近「……予約、入れておいた。飯にするか」クス
癒し手「はい!」




4541 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 10:27:32.24 ID:aJ4rDMrYP

飯所

側近「本は見つかったのか?」
癒し手「ええ、丁度……でも、凄いですね、あの図書館」
側近「外から見てもでかいからな」
癒し手「あそこなら……エルフについての本もある程度見つかりそうですね」
側近「……大丈夫だったか?」
癒し手「僧侶が、知を……求めるのは不思議では無いですよ」
側近「そうだな……」
癒し手「今日、館内地図も戴きましたし……エルフの本は、自分で頑張って探してみます」
側近「これだけ人の出入りが激しい街だ……怪しまれる事は無いだろうが」
癒し手「そうですね……ですが、用心するに超したことはありませんよ」
側近「1、2年は大丈夫だろう?」
癒し手「……と、思いますけど。宿に泊まり続けるのもどうでしょうね」
癒し手「今日も、旅の僧侶だろうと言われましたし……」
側近「ふむ……」
癒し手「……魔王が倒れて、まだ世界は平和ですから」
側近「………」
癒し手「いったんここに居を構えても良いんですけど……」
側近「そうだな……しかし流石に一度連絡を入れた方が良いんだろう」
癒し手「あ……そうそう。それなんですけど」
側近「ん?」
癒し手「良い方法を思いついたんです……後で、宿のお部屋で」フフ
側近「? ああ……では、腹も膨れたし行くか?」
癒し手「あ、すみませーん、チョコレートパフェください!」
側近「………俺は、プリンパフェ」

……
………
…………

癒し手「ああ、お腹いっぱい!」ボフン
側近「癒し手、靴ぐらい脱げ」シーツガヨゴレル
癒し手「忘れてた……でも、良い部屋ですねぇ、ここ」ヌギヌギ
側近「僧侶様の旅の護衛だと言ったからな」
癒し手「……成る程」
側近「今の時代、僧侶様ってのは貴重らしいな」
癒し手「そうですね……魔物が弱くなった今、魔除けの石を持っていれば」
癒し手「街から遠く離れない限り、安全ですから」
側近「……魔王が倒されたから、か」
癒し手「封印された、が……大凡の見解みたいですね」

側近「ああ……こうしてお前と旅をして思ったが」
側近「……誰も、勇者が帰還しない事を不思議がらないんだな」




4551 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 10:44:18.18 ID:aJ4rDMrYP

癒し手「魔王と差し違え、世界を救った偉大な勇者様……です」
癒し手「弱体化したとは言え、魔物は消えません……しかし」
癒し手「遙かに平和になったんです……こうして、力の弱い僧侶が」
癒し手「一人の護衛だけを伴って、旅をしていても不思議がられない程度に」
側近「勇者様は命と引き替えに、仮初めといえど平和を下さった」
側近「……封印が解けても、また新たな勇者が現れて、世界を救ってくれる、か」
癒し手「次こそは必ず、完全に魔王を倒し……魔物の居ない本当の世界を作ってくれる、と……」
癒し手「誰もが信じているのですよ……魔王が居る限り、勇者は産まれるのですから」

側近「そして勇者が居る限り、魔王もまた……産まれる」
癒し手「はい……勇者は必ず、魔王を倒します」

側近「……ああ」
癒し手「私達も、信じているんです……勇者は、必ず……確実に、魔王を倒す」
癒し手「……その日が、来る事を」
側近「そうだ。腐った世界の腐った不条理を断ち切る、その日を……信じている」
癒し手「一緒ですね、私達も」
側近「仮初めの平和で、満足している訳ではないぞ?俺たちは」
癒し手「勿論です……ですが」
癒し手「私達には、時間がある。人としての一生と比べものにならない位の時間が」
側近「……ああ」

癒し手「限られた生を生きる人間に、風化を否とするのは酷なことです」
側近「勇者様が作ってくれた仮初めの平和の中で、その生死は風化する……か」
癒し手「英雄譚として、語り継がれては行くのでしょうけど」
側近「そうだな。寧ろ……そうであるからこそ」
癒し手「はい。特別……になるんですよ。勇者、と言う存在、その物が」

側近「……繰り返し、繰り返し……運命の輪は回るんだな」
癒し手「それが、世界です。この腐った世界の腐った不条理です」




4591 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 11:43:15.78 ID:aJ4rDMrYP

側近「皮肉だな」
癒し手「皮肉ですね……でも、私達は」
側近「喜ばなければならない?」
癒し手「……そうです。前代未聞の特異点」
側近「お前だ、癒し手」
癒し手「………はい。烏滸がましい気は、しますけど」
側近「そんな事はないさ……ああ、そうだ。さっきの……良い方法、とは?」

癒し手「ああ、そうです忘れてました……」プチン
側近「……?」
癒し手「こうやって……抜いた髪に、魔力を……と」フワァ……パタパタ
側近「蒼い、小鳥……」
癒し手「はい。これで……魔王様と后様に、文を送れます」
側近「なるほどな」
癒し手「暫く、この街の図書館に通いたいんです……良いですか?」

側近「勿論だ……俺たちの旅は、エルフの里を訪ねる事が目的だろう?」
癒し手「はい……知れる事は、知りたい」
側近「良し……では俺も仕事を探そう」
側近「この辺の魔物を討伐するぐらいなら、疑われる事も無いだろう」
癒し手「そうですね……」
側近「良し……俺たちは、僧侶とその護衛」
癒し手「はい。私が知を求めるので、暫く滞在する」
側近「宿代を稼ぐためと、路銀の足しにするために、護衛は魔物の討伐隊に参加する」
癒し手「その後は……」

側近「ああ。エルフの里を目指そう」
癒し手「はい……次代の勇者様が、お生まれになるまで」

……
………
…………




4601 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 12:02:59.42 ID:aJ4rDMrYP

魔王「…………」ペラペラ
魔王「…………」ペラペラ

コンコン

魔王「……?」

コンコン

后「魔王、いる?」カチャ
魔王「ああ、后か……どうした?」
后「癒し手の小鳥が来たわよ」
魔王「そうか……んー、俺もちょっと休憩するかな」
后「毎日毎日ご苦労様、ね。アンタがそんなに本が好きとは思わなかった」
魔王「ここにあるのは物語の類が殆どさ……魔術書なんかもあるにはあるが」
魔王「流石に俺にはわからん」
后「アンタも一応魔法使えるでしょうが」
魔王「専門じゃねぇよ。それに……魔王になっちまえば、必要ないさ」
后「……願えば、叶う」
魔王「そう言う事」
后「便利なもんよね……昔、あれほど必死に勉強したのに」
魔王「お前は魔導の街出身だったな」
后「そうよ。めちゃくちゃ厳しい親でね……」
后「とにかく難しい魔導書ばかり、読まされた」

后「……原理は、一緒なのよね、解ってさえしまえば」
魔王「ん?」
后「願えば叶う、よ……魔法ってのは、そんなもんなんだわ」
魔王「なるほどね……まあ、だからって一朝一夕で身につくものでもないんだろ?」
后「そりゃそうだけど」

魔王「で、小鳥は?」
后「……私の部屋に飛び込んで来るや否や、クッキーにかじりついてる」
魔王「……流石癒し手の小鳥」
后「文も取らせてくれないのよ……全く」
魔王「なんだ、まだ見てないのか」
后「そうなのよね……あ」

パタパタパタ……

后「お腹いっぱいになったのね……ヨイショ、と」
魔王「うわ、クッキーの粉まみれじゃねぇか、お前……」
后「まあ、魔王!」
魔王「痛、こらつっつくな……ん、何?」
后「癒し手、赤ちゃんができたんですって!」
魔王「え!? ……そうか… 先越されちまったな」
后「ふふ……そうね、でも……おめでたいじゃない」
魔王「いや、そりゃ俺だって嬉しいさ」
魔王「それだけか?」
后「暫く、魔導の街に滞在するんですって」
魔王「ほう」

后「………様子、みてきて貰おうかな」
魔王「………」
后「そんな顔しないの。もう……両親はとっくに死んでるわ。解ってる」
魔王「すまん」




4611 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 12:19:48.02 ID:aJ4rDMrYP

后「良いのよ……だって、もう……あれからほぼ50年近いのよ」
魔王「そう、だな」
后「……家はきっと続いてるわ。そう言う人達だったもの」
后「私は飛び出したまま、結局帰らなかったけど……」
后「あの人達の事だし、もう一人子供作るぐらい、やってのけるわ」
魔王「兄弟は居なかったんだよな?」
后「ええ……必死だったでしょうね」クスクス
魔王「おい……」
后「……娘が優れた加護を持たないって知っても同じよ」
后「きっと、次の子に期待してた」

魔王「………」
后「良いのよ。もう……そんな事」
魔王「……でも、気になるんだろう?」
后「多少は、ね」
魔王「………」
后「あの人達は、ずっと変わらないと思ってた……あの家があって」
后「優れた加護を持つ子供が生まれて、それを代々続けて、血を繋いでいく」
后「私達は、優れた血の流れる優れた人間。恵まれた、人間」
后「自分たちは、特別なのだ……とね」
魔王「特別、ね」

后「そう……勇者様の旅立ちに、一族の者が共をしたとなれば」
后「名が売れる。自尊心が満たされる」
魔王「私達は特別なのだ、ってか」
后「そう言う事……特別な何かで自分を飾ったところで、自分が特別になれる訳でも無いのにね」
魔王「良いもんじゃないのにな、特別なんて」
后「………そうね」
魔王「俺は、もし……俺が勇者じゃなかったら」
魔王「何、してたかなぁ……」
后「……そう、か。貴方は……」
魔王「物心ついたときから、お前は勇者だ、魔王を倒す為に産まれたんだ、だったからな」
后「……前后様、ね」
魔王「ああ。優しい母さんだったけど、悲しそうに笑う事が多かった」
魔王「今から考えれば……そりゃそうだよな」
后「私達も……今から同じ事をするのね」
魔王「……そうだ。お前は特別だ、って……育てるのさ」
后「………皮肉ね」
魔王「………ああ」




462名も無き被検体774号+2013/02/28(木) 12:30:04.71 ID:2RcRetMRO

おつんこ!
番外編もすっげええ面白いな!




4631 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 12:57:53.83 ID:aJ4rDMrYP

后「……癒し手に、返事を書くわ」
魔王「ああ……様子、見てきて貰えよ」
后「……やめとく」
魔王「そうか?」
后「うん……知りたければ、自分で行くわ」
魔王「ああ……そうだな。俺たちには未だ……時間がある」
后「ええ……」

魔王「ああ、そうだ。后、暇なら後で手伝ってくれよ」
后「何?」
魔王「御伽噺の類だけどさ。エルフについての本が何冊か出てきたんだ」
魔王「読み物としてはおもしろかったし……案外」
后「真実が書かれてるかもしれない、か」
魔王「そう言う事。いつか……帰ってきた時にな」
魔王「読みやすいように、一カ所にまとめておいてやろうと思ってさ」
后「ええ、解った……返事書いたら、来るわ。どうせ……小鳥はここに居るでしょ」
魔王「ああ、そうだな……書庫好きだよな、こいつ……」
后「癒し手の一部ですもの。 ……後でお水と、クッキーも持ってくるわよ」
小鳥「ピィ」クルクル
魔王「まだ食うのか、お前……痛ッ」
后「ふふ……じゃあ、後で」パタン

魔王「さて、もうちょい発掘続けるかな……」
魔王「こら、髪を摘むなそれは食いモンじゃない……ん?」
魔王「……これも、エルフの本か……表紙が」
魔王「……癒し手に似てる」ペラ

……
………
…………




4641 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 13:04:11.34 ID:aJ4rDMrYP

むかしむかし、あるところに、エルフのお姫様がいました
エルフのお姫様は新緑の髪に透き通った湖の瞳を持っていました
その声は小鳥の如く、その肌は雪よりも白く
誰にも愛される、特別なお姫様だったのです

ある日、傷付いた旅人がエルフの森に迷い込んできました
エルフは、エルフ以外の者に干渉する事を嫌います

ある者は、旅人を散々迷わせた後、外へ出そうと提案しました
ある者は、森外れの沼地に誘い込み、沼地の化け物の餌にしてしまおうと提案しました

お姫様は、旅人を迎え入れ、傷を癒し、その後はその者のしたい様にさせようと提案しました

お姫様は、森の中で一番偉い人でした
誰も、お姫様の決定に逆らうことができません

旅人は、森の外れの小屋に招き入れられ
手厚い姫様の手当を受けました
旅人は、とても良い人でした

人に関わる事を嫌うエルフの事を理解し、深く謝罪しました
優しいエルフの歓待に心から喜び、深く感謝しました

最初は旅人を嫌っていたエルフ達も、徐々に旅人に心を開いていきました




4651 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 13:10:34.12 ID:aJ4rDMrYP

いつしか、お姫様と旅人は恋に落ちました

お姫様は旅人に、ここに何時までも留まり
一緒に過ごしてくれる様に願いました
旅人は、生きる時間が違う事、自分は人間である事を憂い
お姫様に返事を待ってくれる様に願いました

お姫様が悲しんで涙を流していると、空に浮かぶ月が言いました
エルフは嘘を吐くことが出来ない
故にその涙はとても美しく、まるで宝石の様だと
その様な宝石を零し続けていると
欲の塊である人間がお姫様を攫って行ってしまう
だからどうか、泣かないでおくれ

お姫様は、思いました
私は旅人になら攫われても良い
あの人と一緒に、限りある時間を生きていく事こそが
私にとっての宝石の様なものだと

お月様は悲しみました
エルフのお姫様の気持ちは、もう既に旅人に盗まれてしまったのかと
お月様は嘆きました
そうして、エルフの森に雨が降りました




4661 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 13:18:11.22 ID:aJ4rDMrYP

雨の森の中、旅人が歩いていました
帰ってこないお姫様を心配し、探しに小屋を出たのです
その濡れた背中を、一本の細い矢が貫きました

旅人は、倒れました
雨は非情にも旅人の亡骸を打ち続け
旅人の暖かい血は雨に混じって流れていきました

肉は土となり、旅人は森に還りました
長い雨があがり、柔らかい朝日が差し込む頃
花が、旅人を隠しました

お姫様は、もう二度と帰ってこない旅人を思い
毎日、泣いて過ごしました
エルフは、ウソをつけません
旅人が居なくなった事、殺されてしまった事を聞き
お姫様は深く悲しみました

お姫様は、身籠もっていました
お腹の子の父親は、旅人でした
エルフ達は、恐れました
お姫様は、ハーフエルフを産むのだと
お姫様は、怪物を産むのだと




4671 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 13:25:06.71 ID:aJ4rDMrYP

人間は簡単に死ぬのだと、お姫様も恐れました
だから、この子は大事に育てなくてはいけないと

エルフは嘘をつけません
お姫様以外のエルフは、お姫様を森の外に出すことを望みました
お姫様も、嘘をつけません
お姫様は、自らも森の外に出る事を望みました

エルフ達みんなの望みは、叶いました

お姫様は小さな弓を持ち、お腹をかばいながら
エルフの森の細い道を進みました
いつしか、夜になり、空には月が出ていました

月は言いました

空からではお姫様を見る事しかできません
何も、助けてあげられません
だからせめて、お姫様の涙を隠してあげよう

月は雨を降らせました
月はお姫様が好きでした
エルフのみんなも、お姫様が好きでした

だけど、お姫様が旅人を助けたばっかりに
お姫様が、旅人と恋に落ちたばっかりに

お姫様は、雨に身を冷やしながら、後一歩
これが最後の後一歩、と
何度も何度も繰り返し
漸く、エルフの森を出る事ができました




4681 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 13:37:16.25 ID:aJ4rDMrYP

美しい川の畔でした
お姫様が後ろを振り向くと
ザザザ、と音を立てて、エルフの森は道を閉じていきました

もう、誰も入ってこないように
もう、誰も出て行かないように

エルフの森は、迷いの森となりました

心の美しいものは、迷いに迷って外へ出てしまう不思議な森
心の汚れたものは、獣に食われるか、餓死してしまう怖い森

お姫様がその後どうなったのか
エルフ達は知りません
人間達も知りません
空から見ていた筈の月も

雨に濡れ、涙に濡れ、宝石の様に美しかったエルフのお姫様は
生まれ育ったエルフの森を巣立ち、母になりました


??「そうして、エルフのお姫様は、どこからも失われてしまったのです……」
「ねえ、赤ちゃんどうなったの?」
「お姫様、死んじゃったの?」
シスター「どうなったと思いますか?」
「死んじゃったらかわいそう……」
シスター「そうですね……さて、今日はここまでです。本を読んで下さったお兄さんに」
シスター「皆様、感謝のご挨拶を」

「「「ありがとうございました!」」」

??「いいえ、どういたしまして」ニコ
シスター「では、行きましょうか……今日は、ありがとうございました」
??「いいえ、こんな事で良ければ、何時でも……しかし」
シスター「はい……?」
??「お言葉ですが、小さな子にこの物語は……難しいのでは無いでしょうか」
??「相当古い本の様ですが……描写も少々、残酷ですし」
シスター「……魔導師さんは、どうなったと思いますか?」
魔導師「……はい?」
シスター「このエルフのお姫様、ですよ」




4691 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 13:47:07.78 ID:aJ4rDMrYP

魔導師「………僕は」
シスター「本当は、ああして読み聞かせた後に、子供達の考えを聞いて」
シスター「色々、話をするのですけどね」
魔導師「だとしたら……これを題材にするのは、やはり」
シスター「そうですね……ですが」
シスター「そういう事も、教えていっても良い年齢でもあるのですよ、皆」
魔導師「………」
シスター「ここは孤児院ですから。親の愛情を、ほとんどの子が知りません」
魔導師「はい」
シスター「何か、プラスになればと思ったのですけど……やはり、難しかったでしょうか」
魔導師「……て、言うか、これ……ページ、抜けてますよね」
シスター「やはり、そう思います?」
魔導師「恐らく、ですけど……エルフの森に雨が降った下りから、旅人が矢に打たれるところが」
魔導師「唐突すぎて……繋がらない」
シスター「……続きも、まだあるのかもしれませんね」
魔導師「ああ……それも考えられますね」
シスター「ふぅ……失敗してしまいました、かね」
魔導師「……すみません、責めるつもりでは」
シスター「いえいえ、大丈夫です……まあ、偉そうな事を言いましたが」
シスター「……新しい本を買ってあげる余裕も、正直無いのですよ」
魔導師「………」
シスター「あの子達には、何度も何度も同じ本を読み聞かせています」
シスター「飽きる事無く、何度も目を輝かせて聞いてくれはします」
シスター「仕方ない、のですけれど……」
魔導師「そう、ですね……」




470名も無き被検体774号+2013/02/28(木) 13:56:04.21 ID:2RcRetMRO

魔導師番外編キター




4711 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 13:57:55.77 ID:aJ4rDMrYP

シスター「もう少し、寄付があれば良いのですけれど」
魔導師「……お力になれず、申し訳ありません」
シスター「いいえ……そういえば魔導師さんは、旅に出られるとか?」
魔導師「はい。僕ももうすぐ16歳ですし……勇者様の旅立ちに、ついて行けたら、と」
シスター「では、始まりの街へ?」
魔導師「はい。お供できるとは限りませんが……それが叶わなければ」
魔導師「魔導の街、とやらに行ってみようと思っています」
魔導師「……今度、来るときは絵本、買ってきますよ」
シスター「楽しみに待っています……旅の安全を祈ります」
魔導師「ありがとうございます。では……」スタスタ

魔導師(あの孤児院も古いからな……書庫を漁れば、色々と出てくるだろうと)
魔導師(訪ねて見れば……御伽噺の類ばかり)
魔導師(しかもその殆どが……インクも掠れて読めない)
魔導師(……通い出して、半年、か……収穫は殆ど無かったな)
魔導師(はぁ……しかも子供達に、本まで読まされるし)
魔導師(まあ、良いけど……)
魔導師「ただいま、兄さん」
兄「おかえり魔導師……毎日ご苦労様」
魔導師「うん……でも今日でもう終わりだよ」
兄「……お前、本当に旅に出るのか?」
魔導師「まだ行ってるの、兄さん……でも兄さんでしょ?シスターに話したの」
兄「ああ……昨日、会ったからな」




4721 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 14:06:03.38 ID:aJ4rDMrYP

魔導師「丁度良かったよ。あの書庫には……僕の見たい本は無かったしね」
魔導師「今日で最後だって言ったら、子供達に本を読んでくれって読まされたけどね」
兄「遅かったのはそう言う理由か」
魔導師「読めそうな物が見つかったんだってさ。エルフのお姫様の話だったよ」
兄「そっか……おもしろかったか?」
魔導師「……僕の事幾つだと思ってるんだよ……絵本見ておもしろいって」
魔導師「しかも、エルフなんて……本当にいると思ってるの?」
兄「そりゃ、魔物が居るぐらいだからなぁ」
魔導師「おめでたいね……結局魔導書の類も、鍛冶に関する本も無かったし」
魔導師「無駄にしたな、半年」
兄「お前なぁ……」
魔導師「まあ、良いよ。やっぱりこんな田舎の村じゃたかがしれてるって事が解っただけでも」
兄「……本当に行くのか」
魔導師「しつこいな……僕は、鍛冶師になりたいんだよ」
兄「世界を見る、って? ……勇者様にあいにいくんだろ」
魔導師「まあ、連れて行って貰えるのならね」
魔導師「僕ぐらい知識があれば……役には立てるでしょ」
兄「……井の中の蛙大海を知らずって言葉知ってるか?」
魔導師「………」ジロ
兄「勇者様と旅が出来なかったら帰ってくるんだろ?」コワイコワイ
魔導師「いや、帰らないよ」
兄「……何?」
魔導師「駄目だったら、僕は魔導の街へ行く。そこで……腕を磨くさ」
兄「……この村の警備にはつかないのか」
魔導師「兄さんがいるじゃないか。他にも、魔法が使える奴だって」
兄「しかし……みんなお前ほどじゃ……」
魔導師「だからだよ。だからこそ、こんな田舎の村で燻って終わりたくないの、僕は」
兄「…………」




4731 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 14:17:38.27 ID:aJ4rDMrYP

魔導師「……休むよ。明日朝、出発するから」
兄「……随分急だな」
魔導師「善は急げ、って言うでしょ?」
魔導師「時間は限りなくあるわけじゃ無い。有効に使わないと」
兄「もう……何も言わんよ、お前は本当に……」
魔導師「ちゃんと便りぐらい出すさ。じゃ、お休み」スタスタ
兄「……あの性格で大丈夫かねぇ、全く」
兄「世間は広いぞ?魔導師……」

……
………
…………

后「で、世界は広かった?」クス
魔導師「……はい」ガンガン!
后「炎はどう」
魔導師「充分です……后様は、大丈夫ですか?」ガンガン!
后「ええ、平気よ」
魔導師「……こんな、自在に操れたら」ジュウウ……チョットキュウケイシマス
后「……私は、もう人間じゃ無いもの」オーケー
魔導師「………」
后「でも、どうして私に話してくれたの?」
魔導師「癒し手様に……似てたんです。その、表紙の……エルフが」
后「………」
魔導師「あの時の僕は、エルフなんて……信じてなかった」
后「御伽噺だと思ってた?」
魔導師「はい……でも、青年さんが……エルフと聞いて。頭を打たれたみたいだった」
后「………」
魔導師「言われました。目で見た物を否定するのは難しいって」
后「……そうね。私も……難しかった」
魔導師「え……?」
后「癒し手がね……優れた加護を受けていたから」
魔導師「あ……青年さんも、ですね」
后「ええ、そうね……私は、違った」
魔導師「………」




4741 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 14:30:08.65 ID:aJ4rDMrYP

后「私はね、魔導の街の……そうね。良くも悪くも有名な……高名な」
后「魔法に秀でる家、の出身なのよ」
魔導師「聞いた事……あります」
后「悪名高いからね」クス
后「殆どの人が、優れた加護を持ってた……そう言う人を探して」
后「見合いで結婚するのよ。もし、優れた加護を持っていなかったら」
魔導師「落ちこぼれ……ですか?」
后「そんな優しいものじゃないわ。人以下よ……生きてる価値なんて無いのと一緒」
魔導師「………」

后「そんな子を産んだ親も、含めてね。一族の面汚し、名を、血を汚す不届き者」
后「怖かったわ、何時か両親にばれるんじゃ無いかって」
后「結局、勇者様と共にする事になって……帰ってないから、後は解らないけど」

魔導師「……癒し手様と、出会ってしまった」

后「そう……彼女は優れた加護を持ち、しかもハーフエルフなんて特異な存在」
后「嫉妬したわ。どうして彼女だけ。どうして私には……って」
魔導師「僕も……です。博識だと自負していたんです。ちっぽけなプライドですけど……」
魔導師「挫かれて……拗ねて、八つ当たり、した」
后「………」

魔導師「特別は、勇者様だけであって欲しかったんです」
魔導師「僕は、特別にはなれない。だからせめて……自分の認めたもの以外は」
后「特別であって欲しくなかった?」
魔導師「はい……特別であって良い筈が無いって。そうしたら……僕は」
魔導師「下らないプライドですけど……保っていられたんです」
后「……そうね。でも特別、なんて……辛いだけよ」
魔導師「はい……」

后「だけど、私は特別、を産んだ。特別として育てなくてはいけなかった」
魔導師「勇者様……ですね」
后「ええ……家から出さず、貴女は魔王を倒す為に産まれたんだって」
后「それだけを、押しつけた」
魔導師「……必ず、断ち切ります。僕たちの手で」
后「結局、私達は……礎にしか、なれなかった」
魔導師「………」
后「結局、貴方達にも……こうして、押しつける結果になってしまった」




4761 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 15:05:58.23 ID:aJ4rDMrYP

后「でも……私達は喜ばなくてはいけない」
魔導師「……はい。僕たちも、です」
后「この先……勇者がどうするのかは、わからない」
魔導師「………」

后「この剣で、魔王を……倒すのか。また、同じ事を繰り返すのか」
后「癒し手の、居ない今……」
后「前とは、違う。少しずつだけど……確実に、違う」

魔導師「癒し手様は………本当に、あの……お亡くなり、に?」
后「……確かよ。抱いた身体は冷たかった」
后「土の中から掘り起こしたわ。重い土の下の、簡素だけど綺麗な棺桶の中から」
魔導師「………」
后「命の鼓動は感じられなかった。体温も……」
魔導師「眠っている様に……見えました。それに……」
后「ええ……朽ちて居なかった」
魔導師「いつ頃、亡くなったのか存じませんけど……」
后「………わからないわね。エルフは土には還らない? …まさか、ね」
魔導師「半分は、人の血が……流れているのでしょう?」
后「ええ……」

魔導師「分からない事だらけ、ですね……まだ」
后「そうね。でも……貴方達は、知る事ができる」
后「知り、見、感じる事ができる。私達よりも……もっと。全てを」
魔導師「はい……その為には」グッ
后「ええ、続けましょう……時間が無いわ」ボッ




4781 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 15:22:14.85 ID:aJ4rDMrYP

魔導師「后様、一つだけ……お願いが」ガンガン
后「何?」
魔導師「……具現化の方法を、教えて戴けませんか」
后「……貴方ならすぐに解るわ」
魔導師「願えば叶う……ですか?」
后「魔法と言うのは……そう言う物よ」
后「イメージするのよ……出来るだけ、具体的に」
后「本当は……依り代がある方が簡単なんでしょうけど」
魔導師「后様は、身の内に……」
后「ええ……前と同じは嫌だったのよ……魔導将軍……以前の、人は」
后「同じ、炎の加護を受けていた……彼女は、背に真っ赤な翼を持っていた」
魔導師「………」
后「同じ事してたまるか! …ってね」

魔導師「それで……出来てしまうのも凄いですけど、ね」
后「人では無かったからね……もう」
后「それに、それって凄い原動力でしょう?」
魔導師「……違い無いです」クス
后「さぁ……もう少しよ!」
魔導師「ハイ!」ガンガン!

后「……私も、一つお願い」
魔導師「はい?」
后「……こうやって、話したこと。勇者に……伝えて欲しい」
魔導師「……はい。勿論です」
后「それから、青年に……」
魔導師「青年さんに?」
后「ええ……癒し手の話を聞きたいの。でも、時間が無い」
后「だから……代わりに、聞いて頂戴」
后「そして………忘れないで、欲しい」

魔導師「………はい」




4801 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 15:35:43.44 ID:aJ4rDMrYP

后「それから……もう一つ」
魔導師「はい」
后「多分……書庫に、貴方が読み聞かせた本と同じものがあるわ」
魔導師「え?」
后「中身は読んでいないから解らないけれど……あの表紙の絵、癒し手に似てた」

魔導師「………」
后「青年に、渡して欲しいの」
魔導師「……はい」
后「読んでおけば良かったな……あんなに、時間があったのにね」
后「今は、もう……時間がない………あ」

ポツポツポツ

魔導師「雨、ですね……」
后「……急ぎましょう」
魔導師「はい!」

ポツ、ポツ……
ザアアアアアアアア………


……
………
…………

ザアアアアアア

青年「……雨、だよ母さん」
青年「ねぇ、なんでそんなところで……寝てるのさ」
青年「風邪、引くよ」
青年「………母さん……もう」ヨイショ、ダッコ
青年「こんなに、身体が……冷えてるじゃないか」
青年「母さん……返事、してよ、母さん!」




4821 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 15:43:48.61 ID:aJ4rDMrYP

青年「………」パタン
青年「母さんの身体、拭かなきゃ」ゴシゴシ
青年「……庭に、出て花の手入れをしてたんだね」ゴシゴシ
青年「母さん……何時も言ってたよね」ゴシゴシ
青年「清らかな川が流れる豊穣な大地……緑の風が渡り、心地よい場所」
青年「神父様、とやらの墓の隣……そこへ、埋めてくれって」
青年「私が死んだら、そこに埋めてくれって」
青年「………僕は、嫌だって言っただろう!?」
青年「どうして、どうして僕を一人にするんだ!母さん……ッ」
青年「母さん、ねぇ、返事……返事、してよ……」
青年「どうして、雨の中でなんか倒れるんだよ………馬鹿野郎……ッ」
青年「どうして、僕を一人にするんだよ……!」
青年「勇者だとか魔王だとか、一方的に押しつけてさ」
青年「それで、僕をおいて行くのか!母さん!」ウワアアアアアア




4841 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 15:53:11.09 ID:aJ4rDMrYP

青年「……か、あ ……さん」ナデ
青年(頬、冷たい……)
青年(……死んだ。母さんが……死んだ)
青年「………」
青年「ご丁寧に、自分で棺桶まで用意しちゃってさ」
青年「……死期まで、悟れるんだったら、さ」
青年「雨が降りそうな日に、わざわざ……花の手入れなんて……」
青年「全く……間抜けだよ、母さんは……」
青年「今日は、久しぶりに……一緒に寝て、良いよね?」
青年「昔みたいにさ、子守歌、歌ってよ……夢の中で……良い、から」ギュ
青年「……ふ、小さいな、母さんの身体」ベッドモセマイネ
青年「明日……雨が上がったらあの丘へ行こう。母さんと、神父様の為に……両手一杯の花を抱えて、さ」
青年「母さん……おやすみ」
青年「もう、明日から……朝ご飯を作って、中々起きない僕を起こさなくて良い」
青年「気にしないで、ゆっくり眠ってくれて良いんだ。母さん………」
青年「………おやすみ、母さん」ポロポロポロ

……
………
…………

青年(………ん?)
青年「……夢、か」ムク
青年(母さんが死んだときの、夢……フン)ナミダノアトガ……ゴシ
青年(あれから、一年……もうすぐ、勇者の旅立ち、か)
青年(ここは………魔導の街、だったな)
青年「……まだ深夜じゃないか」
青年(外……雨が、振ってる)

青年「……雨は、嫌いだ」カーテン、シャッ




4851 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 16:09:42.06 ID:aJ4rDMrYP

青年「……糞、目覚めたな」

青年(魔導の街……后様の出身地、か)
青年(あの家は……まだあるのかな)
青年(明日……始まりの街へ立つ前に寄ってみるか……)
青年(時間はまだ……ある、しな)

青年「……もう一回、寝よう」コロン

……
………
…………



青年「……あれか」
青年(立派な屋敷、だな)
「さっさと出て行け!」ドン!
??「きゃ……ッ」
青年「ん?」

青年(家の中から出てきた……あの家の人間か?)

「二度と家の敷居を跨ぐことは許さんぞ!」
??「お父様!」
「父などと呼ぶな! ……この、出来損ないが……ん、何を見ている?」ジロ
青年(おっと……)
青年「ご高名なお家とお聞きしまして……勇者様の旅立ちにあわせ始まりの街に向かう前に」
青年「一度、目に焼き付けておこうかと……」ニッコリ
「……そうか、良い心がけだな。お前は……見たところ魔法使いか?」ジロジロ
??「………」ヨロヨロ
青年「はい……水の加護を受けております」
「そうか……身を濡らすことは?」
青年「ありません」ニッコリ
「ほう!それは素晴らしいな」
青年「……その、お嬢さんは?」




4861 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 16:24:17.28 ID:aJ4rDMrYP

「……我が家には関係の無い者だ」
??「お父様!」
「父などと呼ぶなと言って居るだろう!」ブン!
??「キャア……ッ」ゴスッ
青年(ステッキで……! この糞ジジィめ)
青年「……君、おいで」カイフクマホウ

「……君は、回復も出来るのか」
青年「ええ、まあ……母が僧侶でしたので……大丈夫?」
??「……はい…ありがとう…」
青年(ん……この子……?)

「ふむ……時間はあるのだろう。どうだ、茶でも飲んでいかんかね?」
「良ければ娘を紹介しよう。娘はなかなかの器量よしだぞ。それに……風の魔法に秀でる、できた娘だ」
青年「いえ、折角ですが……船の時間がありますので」
「そうか……勇者の共になりに行くのだったな」
青年「ええ」
「では、その夢が叶い世界が平和になったらもう一度訪ねたまえ」

青年「……覚えておりましたら」クルッ
「な……ッ」
青年「ほら、なにぼさっとしてんの、おいで」グイッ
??「え、え……でも」
青年「また殴られたいのか? ……君は、捨てられたんだろう」
??「………!!」
「お、おい、まちたまえ……君、待て!」
青年「放っておきな。残酷だろうけど……もう君の事なんか見えてないよ」

……
………
…………

??「………」ビクビク
青年「あのね、別に取って食いやしないから」ヤレヤレ
??「だって……ベッドが」
青年「そりゃ宿の部屋だからね」
??「だって……男と、女……」
青年「あのねぇ……」ウンザリ
??「だってお父様は……何時も、そう言う人を連れてきた」
青年「!?」
??「私に……優れた加護がないから。せめて……違うとこで役に立てって」
青年「一つ聞くけど……実の父親だよな?」
??「……ええ」
青年「……さっきあのおっさんが、言ってた娘、てのは?」
??「姉さんよ」
青年「………」

??「良いのよ別に……私は、どうせ長くない」
青年「そうだな。もって一年……ってとこか」
??「!?……どうして」
青年「解ったかって? ……感じるんだよ」
??「……水の魔法に、回復魔法も使えるんですって?」
青年「風の魔法もね」
??「まさか!?」
青年「僕は人間じゃないから」

??「………ま、ぞく…?」
青年「それも、違う」




4871 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 16:34:37.03 ID:aJ4rDMrYP

??「………エルフ?」
青年「人の血は混じってるけどね」
??「あ……そうね、回復魔法……」
青年「流石によく知ってるね」
??「……本だけは一杯あったからね」

青年「名前は?」
??「え?」
青年「君の、だよ」
??「……少女」
青年「そうか。僕は青年だ」
少女「……私を、どうするつもり?」
青年「別に。あそこで見捨てておいた方が良かったか?」
少女「……同じ事よ。別に……貴方が面倒を見てくれる訳でもないんでしょ」
青年「君は誰かに庇護される事でしか生きていけないの?」
少女「!」
青年「……事実だろ。自分でどうにかしようって気はないのかい」
少女「………」グス
青年「泣かれてもね。御免、悪かったよって謝れば気は済むのかい?」
少女「………」グスグス
青年「………チッ」
少女「私……どうしたら、良いの……」
青年「知らないよ」
少女「じゃあ、なんで連れてきたのよ」
青年「暇つぶし?」
少女「酷い……!」
青年「僕が気に入らないなら出て行きなよ。ここは僕がお金を払って借りた、僕の部屋だ」
少女「……宿屋でしょ」
青年「宿泊代を払ってるのは僕だろう」

少女「……今日だけ、泊めてよ。お礼は、するわ」
青年「君に何が出来る?」
少女「………」スタ、スル……
青年「……傷だらけだな」
少女「いたぶるのが趣味な奴は多いのよ」
青年「で?」
少女「好きにして良いわよ」
青年「そう……じゃ、遠慮無く」ス……
少女「………」




4881 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 16:42:39.66 ID:aJ4rDMrYP

青年「ほら、服着て」ポイ
少女「……な、んで」
青年「君、自分がいくつか解ってる?精々14、5でしょ……」
青年「そんなのに、欲情なんてしないよ、残念ながら」
少女「……でも、私他に出来る事なんて」
青年「本だけは一杯あったんだろう?」
少女「え?」
青年「君の、家に」
少女「……ええ。でも……魔導書の類は、読ませてくれなかったわ」
青年「君が……出来損ないだから、か」
少女「……せめて言葉は選びなさいよ」
青年「選んだよ。一番正しく伝わるだろうものを、ね」
少女「………」

青年「君の家での常識、だろう……それが」
青年「世間一般では、優れた加護なんて持っている方が少ないんだ」
青年「別に、君を出来損ないだと……僕は思わないよ」

少女「………」

青年「で、魔導書じゃなくて何を読んでたの」
少女「童話の類ばかりよ。姉は勉強熱心だったから」
少女「魔導書は貸してくれなかったけど……書庫からこっそりと、童話は持ってきてくれた」
青年「……重畳」
少女「え?」
青年「魔導書の知識なんて僕にはいらない。僕は……僕が本当に知りたいのは世界の謎だ」
少女「世界の、謎……ああ、そういえば貴方。勇者様についていくって……」
青年「ああ、そうだよ」




4891 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 16:50:47.88 ID:aJ4rDMrYP

青年「僕は……勇者様に会わなきゃいけないのさ」
青年「そして、連れて行って貰う」
少女「どうしてそんなに自信過剰で居られるの」
青年「……僕は僕でしかないからさ」
少女「……?」

青年「身の丈を知ってる。自分の限界を知ってる。あと、ちょっとばかしの世界の秘密を」
少女「……世界を、救うの?」
青年「……そうだね。勇者は、魔王を倒すから」
少女「そう。でもその頃には……私は生きてないわね」
青年「………多分」

少女「どこまで解るの」
青年「君の命の炎の……残りが少ない事はわかる」
青年「何時とはっきりは言えないけど……さっき言ったとおりさ」
少女「便利ね、エルフって」
青年「……どうかな」
少女「自分の死期もわかるの?」
青年「……僕がまだまだ、しぶとく生きそうだって事なら」
少女「そう……話が逸れたわね」
青年「ああ……エルフについて、何か知らないかい?」
少女「……自分の事なのにわからないの?」
青年「ハーフエルフについて書かれた書籍なんか殆どない」
少女「……そう、そうね」

青年「何か……知らない?」
少女「流石に……わからないわ」
青年「そうか……いや、良い。ありがとう」
少女「………ねぇ」
青年「何だい?」




4901 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 16:57:44.02 ID:aJ4rDMrYP

少女「はじまりの街には、何時発つの?」
青年「明日だ」
少女「……連れて行ってくれない?」
青年「……はぁ?」

少女「この町に……居場所なんてない」
青年「金も持ってないくせにか」
少女「……お願い!私、この街じゃ生きていけない!」
青年「エルフの話でも知っていれば考えても良かった……が」
青年「君にそこまでしてやる義理と、価値は?」
少女「………ッ」グス
青年「泣くなと言っただろう……慈善事業やってる訳じゃない」
少女「私に、野垂れ死ねと言うの」
青年「……僕の目の前で死ななければどうだって良い」
少女「連れていってくれないなら、今ここで、貴方の目の前で死んでやる」
青年「………」
少女「どう?」フフン

青年「………」ゴォオオオッ
少女「え……キャアッ」フワ………バン!
少女(身体が、浮いて……背中、が……壁、に……!)ズルズルズル……ベチャ
青年「それ以上ふざけた事を言うなら、この侭僕が殺してやる」
少女「………ッ」
青年「今日はベッドで寝れば良い。約束したからな」
青年「明日は、出て行け。後は……僕は知らない」パタン
少女「い、た………く……ッ」ポロポロポロ




4911 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 17:07:59.47 ID:aJ4rDMrYP

……
………
…………

青年「糞、飲みすぎた……」カチャ…パタン
青年(少女は……寝てるか)
青年(……涙の、後。目が腫れてる)
青年「……もう、誰も死ぬところなんてみたくない、さ」
青年(………)
青年(床で寝るか)

……
………
…………

少女「……きて、起きて、青年!」
青年「ん……もう、朝、か……う」ズキン
青年(糞……酒が残ってる)
少女「昨日は……ごめんなさい」
青年「ん……ああ ……!どうした、その傷……」
少女「……家に戻ったのよ。窓からこっそり、姉の部屋に」
青年「……父親に見つかったのか?」
少女「いいえ。これは……姉よ」
青年「………」カイフクマホウ
少女「……ありがとう」
青年「優しい姉……じゃ無かった、のか」
少女「姉の目は何時も、優越感に溢れて居たわよ」
少女「童話を読ませてくれたのは、ただの施し」
少女「パーティの名目で好色な親父に私をあてがった時も」
少女「進言したのも姉だったわ」
少女「それぐらいしか利用価値が無いってね」
青年「……昨日、どうして家を放り出されたんだ?」
少女「いたぶる趣味がある変態が居るって言ったでしょ?」
青年「ああ……」
少女「思いっきりかみついてやったのよ。アレにね」
青年「………成る程」




4921 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 17:19:12.14 ID:aJ4rDMrYP

少女「利用価値が無くなったどころじゃ無い私に」
少女「……姉は、容赦なく炎の魔法を打ち込んだ」
青年「何をしに行ったんだ」
少女「………これ」ス…
青年「……何だ、これ?」
少女「表紙は無かったわ。古い童話に挟まっていたの……何かの物語のページの一部」
青年「…………」ペラペラ
少女「エルフの文字があったのを思い出したのよ……紙の質が違うし、落丁してる訳でも無かったし」
青年「話の一部しかわからないな」
少女「……最初しか読んでないけど。どうせ、前後は無いし」
青年「これの為に………戻ったのか」
少女「始まりの街に行くんでしょう?」
青年「……これで、連れて行け、と?」
少女「港街までで良いわ。あそこには確か、娼館があったはず……通るでしょ?」
青年「…………」
少女「私、他にできること無い」
青年「……良いのか」
少女「ええ」
青年「……解った。連れていってやる」
少女「………ありがとう」
青年「取りあえず、このマントを被って顔を隠せ」
少女「ん……」ゴソゴソ
青年「良し……良いだろう」
少女「もう、行くのね」
青年「船は待ってはくれないからな」
少女「……どれぐらいで着くの?」
青年「港街までか? ……数時間さ」
少女「そう……」
青年「? ……行くぞ」

……
………
…………

甲板

少女「青年」
青年「なんだ、船室に居ろよ」
少女「………マント、返す」
青年「ああ……」
少女「………」
青年「何だよ、何か話でもあるのか?」




4931 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 17:25:23.16 ID:aJ4rDMrYP

少女「……抱いて欲しかった」
青年「そんな気は無いよ」
少女「……時間も、無いわね」
青年「ああ」
少女「せめて、キスしてよ」
青年「……本当に君、我が儘だね」
少女「良いでしょ、それぐらい」
青年「……気が済むのか?それで」
少女「………」
青年「………」グイ
少女「あ……ッ」チュ
青年「礼だ。 ……ありがとう」
少女「………」
青年「………」
少女「行くのね」
青年「当然だ」
少女「引き留めたい訳じゃ無いわ」
青年「そうされる理由は無い」
少女「……冷たいわね」
青年「……優しくする理由も無い」
少女「嘘よ。優しいわ」
青年「どっちだよ……」
少女「貴方達が世界を救うのと……私が死ぬの。どっちが早いかしら」
青年「………さぁな」
少女「できれば、貴方が作った平和な世界を生きてみたいわ」
青年「願えば、叶うさ」
少女「……そうかしら」
青年「………」
少女「ねぇ、青年」
青年「何さ」
少女「……ありがとう」
青年「………ああ」
少女「港街に着く、わね……」
青年「………そうだね」
少女「行くわ」
青年「………」




4941 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 17:33:12.19 ID:aJ4rDMrYP

少女「………青年!」
青年「……なんだよ」
少女「世界を救って! ……願ってる」
青年「世界を救うのは、僕じゃなくて勇者様だけどね」
少女「願えば叶うんでしょ」
青年「そうだよ……勇者は、魔王を倒す」
少女「……ありがとう。元気で」スタスタ
青年「君も……少女」
青年(……願えば叶う、か)
青年(願っても……母さんは生き返らない)
青年「…………船室に戻るか」スタスタ

カチャ……パタン

青年「……本当に数ページしかないな……」
青年「…………」
青年(お月様は悲しみました……)


エルフのお姫様の気持ちは、もう既に旅人に盗まれてしまったのかと
お月様は嘆きました
そうして、エルフの森に雨が降りました

森の中に、影が一つ落ちました
エルフの若者でした
彼は、お姫様の事が好きだったのです
こっそりと、小屋を伺っていたのです

しとしとと降る雨の中、エルフの若者は
弓を構えて旅人を見ていました
旅人が出てくるのを、じっと待っていました
何時しか、森の中に影が一つ増えました

雨の森の中、旅人が歩いていました
帰ってこないお姫様を心配し、探しに小屋を出たのです
その濡れた背中を、一本の細い矢が貫きました

青年(………ん、これは……続きのページ、じゃ無いな)




4951 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 17:46:01.02 ID:aJ4rDMrYP

青年(雨に濡れ、涙に濡れ、宝石の様に美しかったエルフのお姫様は…)

生まれ育ったエルフの森を巣立ち、母になりました
そうして、お姫様は死にました
それはそれは美しい、一人の娘を残して、死にました

青年(娘は……人?で………掠れてて、読めないな)
青年「こっちは……」パラ
魔王「青年、居る?」
青年「ああ、魔王様どうしたの……闇の手は?」
魔王「世界地図とにらめっこしてる」
青年「……何やってんの」
魔王「どこにどの魔物がいるのか把握して表作るんだってさ」
青年「よく働くねぇ……」
魔王「青年は何してたの」
青年「これさ……后様が僕にって……闇の手から聞いたから」
魔王「ああ、エルフの御伽噺……」
青年「で……何か用事あったんじゃないの?」
魔王「あ、うん。闇の手が手伝って欲しいって」
青年「えぇ………」
魔王「本は後でも読めるでしょ」
青年「まあ……時間はあるからね……」
魔王「きりの良いところまで終わらさないと、ご飯が遅くなっちゃうよ」
青年「人を食いしん坊みたいに……まあ、いいや。続きは寝る前にするよ」
魔王「ん……じゃあ、行こうか」
青年「え、魔王様も行くの?」
魔王「……だって、手伝えって」
青年「……こき使われる魔王様ってのも」
魔王「まあ……良いんじゃない。他にやることも無いし」
青年「そうかい……良いなら良いさ」
魔王「ん、じゃ行こうか……怒らすとしつこいからね、闇の手」
青年「違いない」クス

……
………
…………




4961 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 17:52:49.82 ID:aJ4rDMrYP

そうして、お姫様は死にました
それはそれは美しい、一人の娘を残して、死にました

娘は、人でありました
娘は、エルフでもありました

娘は、また娘を産みました
その娘もまた、娘を産みました

娘達は有限の時間を大切に生き
無限の世界へと死んで行きました

エルフの森は、ひっそりと
娘の心の中で、生き続けていました

地上であり地上でない、この世の物とは思えない楽園
それは、誰の心の中にも、ひっそりと生き続けていました

心優しき者には決してたどり着けず
心汚れ死者にも決してたどり着けない
不思議で優しく、怖い森

それは、誰の心の中にもある、光と闇なのでした






番外編、おしまい




4971 ◆6IywhsJ167pP 2013/02/28(木) 17:54:11.10 ID:aJ4rDMrYP

お風呂とご飯ー!

続きはまた明日-、です。

>>515
ピンクの栞に進む?
ゴールドの栞に進む?
勇者「俺は魔王を倒す!」に進む?

あー肩凝った(・ω・)




499名も無き被検体774号+2013/02/28(木) 18:26:52.02 ID:royCKBBX0

ゴールドとは…




500名も無き被検体774号+2013/02/28(木) 18:46:27.10 ID:2RcRetMRO

ピンクも捨てがたいwww




515名も無き被検体774号+2013/03/01(金) 08:58:14.31 ID:ugd6lOb70

ぴんくー!




5161 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 09:19:36.17 ID:pYCHjcI2P

おはよー

ピンクりょうかいー
結局全部書くんだけどねw
安価したかっただけだよぅ、すまんwww

朝ご飯食べたらかくー




5171 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 10:01:28.36 ID:pYCHjcI2P

「さて、そろそろベッドに寝かして貰えるとありがたいんだけどね」
「あ、ああ……悪かった…… ……」

小さな欠伸を零し、ベッド傍のスツールから船長は立ち上がる。
退こうと身を捩る剣士の両腕を掴み、ゆっくりとその身を組み敷いた。
「……眉間に皺刻んでんのもイイね、アンタ」
ぺろり、舌で赤い唇を舐める船長の声が、剣士の顔へと降り注ぐ。

「………何故、上に乗る」
「男と女が一つの部屋で一人きり……他に何するんだい」
「………」

剣士が船長を見上げ、諦めたような吐息を落とした後、船長はからりと笑む声に喜びを乗せた。
「諦めが早いのは良いことだ。アンタ、得するよ……この世界ではね」
「断れる状況でも無いだろう」
船長の柔らかそうな胸が、剣士のそれの上へと押しつけられる。
徐々に近づく唇はその侭剣士の吐息を阻害した。剣士に、抵抗の意思は無い。
「おまけに、飲み込みも早い……アンタ、海賊に向いてるよ」
嬉しそうに告げられる、些か悦を含んだ船長の声。ちゅ、ちゅ、と湿った音を響かせて
船長は剣士の唇へと舌を這わす。

「……褒められているのか、それ…は… ……」
柔らかい感触に、剣士の声は途切れ途切れ。熱を帯びた吐息はどちらのものともつかず
剣士の身は組み敷かれた侭、力が抜けていく。

衣服を身に纏う侭、シーツの合間で身を捩りあう。
剣士はそろりと動きを封じられた両手を解放する様力を込めた。
解けた二人の両腕は、互いの身を抱きしめ合う。
「こんな良い女を抱けるんだ。喜んで欲しいね?」
「……自分で言うか」
「不満かい?」
「……否」

剣士は船長の細い腰を抱きしめた侭、身を起こす。
ごろりとシーツの上を転がって、場の逆転。
頬が触れるか触れないか、近い距離で船長の情熱的な赤い瞳を見下ろした。




5181 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 10:15:12.03 ID:pYCHjcI2P

ふ、と一つ吐息を落とし、船長の細い指は剣士の漆黒の髪を梳く。
「……綺麗な顔だね」
「…………」
剣士は答えない。

船長の項へと唇を押しつけ、白いそこへと舌を這わす。
ああ、と一際大きな歓声と共に、船長の背が弓なりに反る。
項から胸元へ。指で大きく開いた衣服をずらし、つつ、とゆっくりと、舌を滑らせていく。
「………ッ 、ァ……ッ」
ひくひくと小刻みに震える船長の身をきつく抱きしめた侭、剣士の舌は白い肌を唾液で濡らして行く。
胸の頂きへとちゅ、と小さな口づけの後、軽く、そこへと歯を立てた。
「………ッ イ、ァ……!」
「……痛い、か?」
「……ん、いィ………だい、じょ……ン……ッ」
再度。再度。
徐々に力を込め、舌を這わす。
ゆっくりと舐め上げた後、痛み。

それだけで達したかの様に、船長の身は大きく一度剣士の腕の中で跳ね、脱力する。
「………フゥン」
どこか楽しげな響きを帯びた、剣士の声に、潤んだ瞳で不思議そうに船長は剣士へと視線を向けた。
ぐったりと力の抜けた船長の上から身体を離し、剣士はするりと衣服の上から船長の太股を撫でた。
随分と熱を帯びた肌はしっとりと汗に濡れているのが解る。
小さく反応を返した船長の足を執拗に撫で、ゆっくりと衣服をはぎ取っていく。
「ん、……ちょ、 と……アタシ、だけ……?」
「何だ、恥ずかしいのか?」
「………ッ」

声で反論する代わり、船長は剣士から顔を背ける。
一糸纏わぬ姿に、悦と羞恥の含まれた赤い頬、表情。
ちらりと、ゆっくりと一瞥をくれた後、剣士は柔らかい船長の腹へと頬を埋めた。




5191 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 10:29:46.06 ID:pYCHjcI2P

口を開き、肉を食む。
臍の辺りへと舌を這わせ、また、食む。
剣士の頭を無造作に掴む船長の手は、引き離そうとする様にも。
押しつけようと、する様にも。
声を堪える様に唇を噛み、その隙間から漏れる甘い甘い声を、どうにか剣士に届けまいとする。

ちらとその表情を盗み見る剣士の唇は、愉悦に孤月を描く。
船長の裸体を、その腰を抱きしめる。
唇は柔らかい肉を味わうように、甘く食む動作を繰り返しながら、剣士は背へと腕を回し
その白い背へと軽く爪を立てた。

「ぁ、あ……アッァ……ッ !!」
「……気の強そうな顔をして、被虐されるのが好みなのか」
「………ッ ァ ……ン……ッ」

熱に、蕩けた顔だった。
剣士の声だけですら、船長の身に快楽を刻む。

「……何度達した? ……言え」
「………ッ」

剣士の声は、船長の耳の傍で。
顔を背ければ指で顎を挟まれ、強制的に剣士の瞳を覗き込まされる。
深淵に似た、深い紫色をしていた。闇色の、瞳。
ゆるゆると顔を左右に背け、口付けをせがむ。
どちらからともつかず、深く舌を絡め、体液を共有する。

「……わからんのか、言いたく無いのか……まあ、良い」
生娘ではあるまいと。一度身を離し、剣士は手早く衣服を脱ぎ捨てた。
再度船長の柔らかい旨へと己のそれを押しつけ、剣士は一気に船長の身を貫いた。

「ア……ッ  ………!!」

歓喜とも、苦痛とも、切なさともつかない、船長の儚げな、声にならない声が狭い船室に響き渡る。
ゆるゆると動き、止め、動き……剣士は、数度繰り返した後、己の身の下で悶える船長の項へと
そろりと手を沿わせた。
軽く、力を込める。

「ひ…… ィ、ヤ ……!?」
「嘘吐け」




520名も無き被検体774号+2013/03/01(金) 10:40:08.23 ID:S9T3Sl6cO

ドS剣士wwwwwww




5211 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 10:41:39.15 ID:pYCHjcI2P

力を緩めない侭、剣士は身体をぐ、と押しつける。
己の指毎、船長の首筋を舐め上げる。
悲鳴に似た声。されど、歓喜をひたひたと含んだ、船長の声が、切なげに震えた。
剣士自身を締め付ける柔い肉の感触に、達したのだと察し、剣士はまた動き始める。
ああ、ああ、と……細い喉から何度も何度も、船長の声が漏れ続ける。

「……変態」

剣士は一言だけを小さく、苦しげに落とし……快楽の限界を見た。
身体の奥からせり上がってくる熱い物を放ってしまえば、ぐったりと船長の汗ばんだ肌の上へと身を落とす。
ハァハァと苦しげな、されど満足を含んだ二人分の吐息だけが、互いの脳裏に反響していた。

「……変態は、どっちだい」
「……さぁな」

外から微かに吹き込んでくる、潮風が汗ばんだ肌に心地よかった。
一度身を離し、再度抱きしめ合う。
衣擦れの音に、まだ切なげな熱の余韻を含んだ声が混じる。
「………疲れた!寝る!」
「……あ? ……ああ」
ゴロン、と船長は剣士に背を向け、身を縮めた。
剣士はクスクスと呆れた様に笑って、背中からそっとまだ熱っぽい身を抱きしめた。
微かに赤く、爪の跡。そこへと、舌を這わせる。

「きゃ……ッ ちょ、 …っと!?」
「……なんだ」
「……ッ ね、寝るって言った……ァ …ン」
「まだ足りないのか」
「アンタが……ッそ、ん ……な、事、する……か………ッ」
「するから?」
「………」

剣士は、船長の頬へと。そして振り返り、文句を言う唇へと、軽く、小さく口付けた。
そうして、手で船長の顔を向こう側へと押しやって、背からそろりと抱きしめる。

「………俺も、疲れた」
「……寝ろよ、もう」
「………」
剣士からの返答は無く、代わりに小さな寝息が船長の耳へと届く。




5221 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 10:45:23.70 ID:pYCHjcI2P

「……ッ こいつ、は……ッ」
はぁ、とまだ微かに震える吐息……呆れた吐息を吐き船長は、己の身に回された無骨な、されど細い腕を抱きしめた。
「大した男だよ……とんだ拾いモンだね」

まだ余韻の残る身を、剣士の腕毎己の腕で抱きしめる。
再燃しかけた身の中に、産まれかけた欲望がチラチラと睡眠を阻害する。

全くもう、と再度の吐息。ぎゅ、と瞳を閉じ、眠れないだろう時間を憂う。
されど、激しく身に刻まれた心地よい疲労感はすぐに、船長の身を犯し、甘い吐息はすぐに
安らかな寝息へと変じていった。


ピンクの栞、おしまい。




523名も無き被検体774号+2013/03/01(金) 11:02:00.04 ID:S9T3Sl6cO

ふぅ…
乙!次はゴールドか。




5241 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 11:11:30.02 ID:pYCHjcI2P

「ここは……私、は?」
きょろきょろと、少女は当たりを見回した。
灰色の空の下だった。
背後には鬱蒼とした森が広がり、地面は不気味にも薄く光っている。
「……ここは……ここ、は……最果て、の……」
考えると、頭が重かった。
数度瞬きをした後、ずしんと肩に重い何かを感じて、少女はその場に蹲る。

「私、は………」
少女の金色の双眸から、一筋の涙が零れた。
何故か、妙に悲しい。
「お前は、勇者だった」
「……誰!?」
頭の中に響くような、声が聞こえた。
少女はその場で身を縮めた侭、空を見上げる。
「そしてお前は、魔王になった」
「ま……おう」
そうだ。

自分は勇者だった。そして……魔王になった。
そう思った瞬間、涙が地面へと落ち砕け、光が少女の身を包んだ。
「……ッ」

「魔王は、世界を滅ぼす……勇者は、魔王を倒す」

「……誰だ! ……姿を、見せろ!」
少女は、立ち上がる。その手にはいつの間にか、光り輝く剣を握りしめていた。
「お前は、世界を救うのか?それとも……滅ぼすのか?」
「……」
少女は、剣の柄を握る手に力を込め、そっと瞳を閉じた。
意識を、集中する。
暗闇の視界の中。閉じられた瞼の奥に、もやもやと紫色の靄が浮かぶ。
私は、この声を知っている。
私は……この姿を知っている。

「……私は、勇者だ!勇者は必ず、魔王を倒す!」

少女は、金の双眸を見開いた。そして、地面を蹴り、駆けた。
少女の眼前には何も無い。だが、少女の瞳は一点を見据え、そこへと
頭上に振り上げた光の剣を力一杯振り下ろす。




5251 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 11:20:48.91 ID:pYCHjcI2P

空を切る筈であろう光の剣に、少女のか細い腕に、衝撃が走る。
紫の靄の中から、すらりと伸びた黒い腕。
その長い指に握られた、一降りの鋼。
それが少女の剣を受け止め、微かに震えていた。

「私は貴方を知っている――剣士。過去の魔王の残照。闇の欠片の一部」
「そうだ、俺はお前を知っている……最強にして最後の魔王。汝の名は、勇者」

靄の中から、それが晴れるに伴い、姿を現したのは少女のよく知る姿だった。
もう、二度と少女の視界にその姿を映す事が叶わない、かつての仲間の姿だった。

「……最後の魔王」
「そうだ。お前で最後にするのだろう。そうで無ければ俺は、無かったはずの命を賭けた甲斐も無い」
「…………」
「私は世界を滅ぼす魔王。そして、世界を救う勇者だ」
「ならば、やることは一つ」

先に力の均衡を崩したのは剣士だった。
打ち合わせた剣をすらりとなぎ払い、その勢いを殺さず、少女の右肩へと袈裟懸けに振り下ろす。

「……ッ」

太刀筋と反対へと凪がれた剣の勢いに、少女はくらりと身を崩す。
その侭地面へと転がり、後方へと身を避けた。
――間一髪。激しい金属音、剣士の鋼は少女の足下の地面を打つ。

「強くなれ、魔王。身の内に、強い勇者を育める様に」

剣士の攻撃は、容赦が無い。
ゆるゆると足は、離した筈の距離を詰めに歩む。
少女は慌て身を起こし、思わず背を向け駆けていく。

「背を向ける阿呆が居るか」




5261 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 11:33:48.35 ID:pYCHjcI2P

「………ッ あ、ァ …ッ!?」
トン、と軽く地面を蹴った剣士の足は、易くその小さな背へと追いついた。
空中で振り上げられたろう、軽やかな剣先は少女の背を深く切り裂き、少女はその場に身を崩す。

――不様、この上無く。少女はべちゃりと地面へと伏し、力無く四肢を投げ出した。
どくどくと音を立て、赤い鮮血が地面を染めていく。

「もう終わりか」
チャキ、と小さな音を立て、背後から剣士の剣先が首筋へ迫る。
ちらりと頭上を仰げば、無表情の剣士の視線が降り注ぐ。
「……く、まだ……ッ あ、ゥ…ッ !」
ぐしゃり、と音が響いた。

剣士の靴底が、少女の剣を持つ拳を踏みつけ、力を込める。
ミシミシと骨がなる。
激しい痛みに呻く少女に、容赦の無い冷たい声が落ちてくる。

「お前は魔王なのだろう。お前は勇者なのだろう。
このまま自我を失い、この世界の存在その物を無に返すのか。
……この美しい世界を、紡いできた想いを、消し去るのか」
「………ち、違う! …うぅ…ッ!」
「ならば、どうする」
「私は……私は、勇者だ!勇者は、魔王を……倒し、世界を……!
この、美しい世界を救うんだ!」

少女は、踏みつけられた拳を剣士の足の下から力任せに引き抜いた。
光の剣の剣先は何かを切り裂くは叶わずとも、その眩い光は剣士の瞳を眩ませた。
微かに身を揺らし、背後へ一歩蹈鞴を踏んだその身へと、少女はゆるゆると立ち上がり対峙する。

「……そんなふらついた身で、瞳を闇に染めていく身で、光を用いる気か」
「この光は、勇者の光。私が……次代の勇者へと引き継ぐべき光」




5271 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 11:48:52.48 ID:pYCHjcI2P

少女は、痛みに霞む瞳で、剣士を睨み付ける。
剣士は、上体を低く、剣を構え治した。

「私は、最強の魔王になり、最強の勇者を育てる……そして、この世界を救う!」

少女は、ふらつく足で光の剣を握りしめ、一歩剣士へと近づいた。
剣士は、薄く笑む。

「そうだ、母となれ、勇者。その身でしか叶わない夢を願え。人の子の命の理を用い、光を用い……
この腐った世界の、腐った不条理を、その手で断ち切れ!」
「うわああああああ!」

少女は、光の剣を振るった。その刀身は剣士には届かずも、剣先から迸る激しい光は
闇の欠片である偽りの器を灼いた。

「……見事」

少女は、肩で息をし、がっくりとその場に項垂れる。
剣士の身は変わらず、そこにあった。
光は、闇に絡みつき、きらきらと光るに留まっていた。

「気付いているだろう。これは……夢だ」
「夢……」
そうだ、と剣士は言葉を続ける。
「俺はあの時、器を空に還し、不条理を断ち切る為の光と闇へと孵った」
「………そう、だ ……った」
「寝てみる夢は夢に過ぎん。現実に描く夢は……お前達が紡ぐ物だ」

そう言うや否や、剣士の身は光に飲まれた。
きらきらと輝く、金と闇色の光。
ふわふわと周辺を漂い、それは勇者の身へと吸い込まれ……消えた。
「光と闇、勇者と魔王、全て表裏一体……全て、お前の物だ。
強くなれ、世界を滅ぼす程に。強くなれ、世界を救う為に……光と闇の獣、汝の名は人間
………お前の、事だ」

「剣士!……ッ」
急速に、少女の身から力が抜けていった。
視界に飛び込んできたのは、既に見慣れた魔王城の天井。
涙に濡れた双眸に、朧に映る見慣れたそれだった。

「……ゆ、め」
「大丈夫ですか、魔王様!?」
「え……闇の手?何で……」
少女は、魔王だった。そうだった……と、見知った仲間の顔を見て、漸く思い出す。
「何で、じゃないだろう……急に倒れるから吃驚したよ……」
「青年……」
顔を見て、名を呼んだ。もう一人の仲間であり、つい昨夜も愛を交わしたばかりの、不安げなその顔に
魔王は力無く笑みを向ける。

そうだ。私は会議をしていた。
次代の勇者の事を、三人で話し合っていた。




5281 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 11:57:42.90 ID:pYCHjcI2P

「うん……御免、大丈夫……」
魔王は濡れた頬を、ごしごしと手で擦る。
二人の心配そうな顔を見、にっこりと笑みを浮かべる。
「もう大丈夫……どこまで話たっけ」
「今日はもう、話し合いは中止ですよ、魔王様……ゆっくり休んでください」
不安を消した闇の手の、どこか嬉しそうな声に、魔王は疑問を乗せて視線を向ける。

「……どこか、悪いのか?」
魔王と同じ動作の、青年の声は、どこか不機嫌にも聞こえた。その正体が不安と、心配である事は火を見るよりも明らかで 魔王は思わず眉間に皺を刻む。不気味な温度差を感じ、闇の手の声の続きを待った。
「ご懐妊ですよ、魔王様……気持ち悪く、無いですか」
「……え?」
魔王は思わず、青年と闇の手、掛け替えの無い二人の顔を交互に見やる。
「そ、そうか……じゃあ……僕と、魔王様の子が……勇者が」
産まれるのか、と。青年は、どこか惚けた声を続けた。
心から愛しいと思えるかと言えば、そうでは無い。
だが決して、愛しくないと断言する事もできない、エルフの血を引く青年。

何度も何度も、未来の為だけに身体を交えた。
青年は何時も愛を囁く。
それが心地よく、苦痛でもあった。
応えてやれない、複雑な思い。
そして、その子に己の命を絶たせなければならない呪いの様なこの世界の
不条理に対する、複雑な思い。




5291 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 12:06:57.93 ID:pYCHjcI2P

そして、未だ夢に見る、叶わなかった切ない、勘違いに似た淡い……剣士への思い。
魔王には、自分には、勇者には。
何もかもを背負い、全てを消化し断ち切る義務がある。
世界を滅ぼす程強く、世界を救う程強く、あらねばならない、選ばれた者としての義務。
「青年さん……そんな馬鹿面してないで、魔王様の分も働いてくださいね?」
「だ、誰が馬鹿面だよ失礼だな……解ってるよ」
「魔王様は、とにかく休養が必要です。これからはご無理なさいませんように」
「……うん」

闇の手の言葉に、魔王の思考は遮られた。
離れがたそうな青年を半ば引きずるようにして、二人が出て行った部屋で、寝具の上で。
魔王は、考える。
ゆったりとしたシーツに身を横たえ、考える。

私は、勇者だった。
私は、魔王になった。
仲間に誓った。
魔王は、最強の盾となる。世界を滅ぼす為に。
勇者は、最強の剣となる。世界を救う為に。
誰にも、拒否権なんか与えられていない。

世界は、きっと美しい。

勇者は必ず魔王を倒し、この美しい世界を守る。
腐った世界の腐った不条理を断ち切り
誰もが望んだ世界を手に入れる。




5301 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 12:14:12.10 ID:pYCHjcI2P

例え、その時、私は存在しなくても。
世界はきっと美しい。
私は、その礎にならなければいけない。

光と闇の獣、人間
強くもあり弱くもある、人間

私は、人間を産み、育てる
私を、倒して貰う為に

この、美しい世界を救って貰う為に

光に選ばれた特別な存在、勇者と言う人間を産む

「……決めた。勇者が産まれたら」

私は、魔王として最初で最後の大きな仕事をしよう
この美しい世界を守る為
この腐った世界の腐った不条理を断ち切る為に

「人間共に、宣戦布告を。私は魔王……世界を、滅ぼす!」


ゴールドの栞、おしまい




5311 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 12:16:14.41 ID:pYCHjcI2P

次で最後ですー

勇者「俺は魔王を倒す!」に続けます。





532名も無き被検体774号+2013/03/01(金) 12:59:59.94 ID:9Z7vOn/y0

1乙。サイコーやで!!
次で最後か… 毎日楽しみにしとったから
、ちとさみしいなぁ。




5331 ◆6IywhsJ167pP 2013/03/01(金) 13:11:41.47 ID:pYCHjcI2P

>>532
ありがとー!
そう言って貰えると本当嬉しい
もう少しだけ、付き合って戴けると嬉しいー




536名も無き被検体774号+2013/03/01(金) 14:08:37.38 ID:V08YL2MnO

こ、この展開は…
クライマックスに相応しいアツいプロローグ


このスレ始まった時の比じゃなく盛り上がるわ
ある意味失礼だけどw




537名も無き被検体774号+2013/03/02(土) 05:41:59.66 ID:j0e+5r2L0

>>1乙です、ずっと読んでましたお、もう終わっちゃうのね…
寂しいけど最後まで頑張ってね。




次スレ:勇者「俺は……魔王を倒す!」
引用元:魔王「ああ……世界は美しい」

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