引用元:【昔を】みんなの馴れ初めをおしえて【思い出して】 その26

184名無しさん@お腹いっぱい。2020/05/16(土)12:12:55 ID: 4Gaat65r0.net

俺と嫁(6歳下:国籍は地球の裏側)は今年で25周年。
長女が秋には嫁ぐことになっているが、
そんな俺と嫁の馴れ初めとか需要ある?




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186名無しさん@お腹いっぱい。2020/05/16(土)12:45:50 ID: I+mNZKxr0.net

>>184
ぜひどうぞ




187名無しさん@お腹いっぱい。2020/05/16(土)12:47:43 ID: HuEce1Mq0.net

>>184
あるよ!あるよ!
国際結婚したんだね。なおさら馴れ初め知りたいよ!よろしく (*- -)(*_ _)ペコリ




1881832020/05/16(土)13:44:09 ID: 4Gaat65r0.net

途中まで書いたら結構長文になりそうだ。
それでも良いか?
投下は夜になりそうだが・・・。




189名無しさん@お腹いっぱい。2020/05/16(土)14:14:30 ID: adbwruUk0.net

>>188
問題無い心配ない




1951832020/05/16(土)23:19:49 ID: 4Gaat65r0.net

多少フェイク入れている。
まあ、辻褄が合わない部分があっても多めに見てくれ。
あくまで俺と嫁の馴れ初めなんで面白いことはないかもしれないが、悪しからず。

俺の家は親父の代から士業をしているのだが、その仕事の無料相談会に
義父が商売の相談をしに来たのが始まりだった。

当時、俺は東京で大学に通っていたのだが、
長期休みで家に帰っていた。
俺父「お前、スペイン語分かるか?」
俺「第2外国語フランスだし、知らねぇ〜w。」
俺父「これ持って先方に行ってくれ。この紙の内容を伝えてくれ。」
俺「???。」

聞けば無料相談から義父の居住地が俺家から車で30分程度のところなので
正式に受任になったらしいのだが、義父はあまり日本語ができないらしく
俺父も事務員も少々困っていたらしい。

本来は事務所に呼んで手渡しして説明するのが筋なのだが、
繁忙期に義父にかまっていられる余裕もなく、めんどくさいことは
息子に押し付けようと思ったらしい。

義父はいわゆる日系の人で、最初は近隣の工場に勤めていたらしい。
単身で出稼ぎ労働だったらしいが、お金が貯まったところで家族を呼び寄せていた。
当時、母国の商品を扱うお店が近所になかったことから、母国の商品を扱う
小さな商店を始めたばかりであった。

近隣ではあるが、市町村は別なので俺自身はその地域に足を踏み入れたことはなく
車で向かった先は異国文化に溢れ・・ることのないただの日本の田舎だったw。
車にナビなんてない時代、右往左往しながらやっと目的地の小さな商店に到着。
店内に入ると・・・国旗に音楽に・・・正にブラジルだった。

「うっは〜・・・ポルトガル語なんてますます分からね〜。」
昭和な俺父は南米=スペイン語と思っていたらしいが、ブラジル=ポルトガル語だ。
フランス語も徹夜で回答を暗記してC評価の俺に分かるわけね〜。

固まっていてどうするか思案していると、小学生くらいのいかにも外国人の少女が
こちらに歩いてきた。少女は少しはにかんだ表情でこう言った。
「いらっしゃいませ〜♪」
これが後々俺の嫁になる人との最初のご対面だった。




1971832020/05/17(日)04:42:30 ID: XkWNSG180.net

パソコンはリビングにあるので、なかなか家族が寝ないので
書き込みができなかった。
しまいには嫁に寝室に呼ばれたので寝た。w

続き

これも後から聞いた話だが、この時嫁は小学6年生で棒みたいに細かった。
3年前に日本に来て地元の小学校に通っていたらしく、日本語は結構話せた。
俺が要件を伝えると、嫁は義父を呼びに奥に消えた。

出てきた義父は日系とは聞いていたが、代を重ねているせいか日本人の特徴はあまり見えなかった。
それよりも強烈に覚えているのが、後から出てきた義母だった。
義母はウクライナだかロシアだかの移民が祖先らしく、いかにもな外国人で・・・横にもデカかった。
その義母の陰に隠れるように嫁。
嫁は棒みたいだっただけに、将来はこの子もこうなるのかな〜なんて見てしまった。
俺→嫁→義父の伝言ゲームで要件を伝え、書類を渡して業務終了。

帰るときに嫁はニコニコしながら、お菓子を俺に渡して奥にダッシュで消えていった。
帰りの車中でもらったお菓子を食べてみたのだが、おそらくチョコレートだったと思うが
全く口の中で溶けなくて固いもので美味しくなかった。

それから数日後、義父から事務所に電話があり、なにやらトラブルになったらしく、
俺父「行ってこい」
その一言で再び夕方に義父のところへ・・・。
お店は仕事帰りのブラジルな人で賑わっていた。
その店先に嫁がいた。

嫁に頼んで義父を呼んでもらったが、忙しいらしく少し待ってくれとのこと。
戻ってきた嫁は、緑色の缶を俺に手渡して飲めという。
う〜ん・・・コーラみたい感じ、いや甘いドクターペッパーというのか、
常温でなければ飲めたかも・・・。
あまり美味しいとは思わなかった。
貰った清涼飲料の飲んでいる俺を嫁はニコニコ見上げながら、
俺への質問というか初めての会話をした。

名前は?歳は?とか、何が好き?とかそんなものであった。
しばらくして義父がやってきて、再び俺→嫁→義父の伝言ゲームで要件を聞くと
どうやら役所から書類を却下されたらしい。

原因は単純でハンコが押印されていなかったから。




1981832020/05/17(日)04:47:00 ID: XkWNSG180.net

ただし、問題はハンコ自体を持っていないことと、役所への届け出を
かなり端折っていたことだった。

不足していた届け出関係は役所で届け出用紙やメモを渡されたそうだが、
義父には理解できていないようだった。
翌日、俺は俺父から手続きをまとめたメモを渡されて再び義父のところへ。
平日昼間なのに、店先には嫁がいた。

「あれ?学校は?」
嫁から聞いた話では、学校では外国人ということで、少し虐めを受けていたらしい。
それでこの日はたまたま休んだということだった。

この日は嫁を伴い義父と役所廻りをした。
これも役所→俺→嫁→義父の伝言ゲームをして届けてをスムーズに行うためである。

あとはハンコを発注するだけであったが、その地域にハンコ屋がなく、
俺の住んでいる市にあることがタウンページで分かった。
一番安いので良ければ、こちらで発注するがと提案すると義父も同意。

何故か嫁がハンコ屋に興味があるらしく行きたいと・・・。
今だったらそんなの絶対に有り得ないとは思うが、義父も連れていってくれと・・・。
嫁、ハンコ屋に連れて行ってもらえることで大興奮w。
でもお店に行って発注して終わりだったために、嫁は少しがっかりしたようだった。
嫁曰くハンコを作るところが見たかったらしい。

そんな嫁の機嫌を取ろうと、地元でグルメな焼きそば屋に連れて行ってみたが、
好みではなかったらしいw。

ようやく機嫌が良くなったのは、当時でき始めたコンビニでアイスを買って与えたころだった。
義父のところへ帰る道すがらもいろいろ話をしたが、
さすがに小学生な嫁を口説くようなことはなく、漫画とかアニメとかそんな会話だったと思う。

その後、俺は休みが終わり大学に戻り、嫁とは年に1回会うか合わないかでほとんど接点はなかった。




1991832020/05/17(日)04:53:21 ID: XkWNSG180.net

そして俺は大学を卒業し、稼業を継ぐために自分の家の事務所に入所した。
夏には国試も控えていた。
事務所では士業に向けての事務作業と夜は試験対策をしていた。
正直この頃かなりしんどくなっていた。

実家だけに恵まれているように見えて、国試に対して俺父はアドバイスもなければ
事務所の中でも結構俺にはきつく当たっていた。

たまたま郵便局に用ができ、一番下っ端の俺が郵便局までの役を仰せつかることになった。
郵便局での用事を済ませコンビニの駐車場で煙草と缶コーヒーで息抜きをしていると
「おにいちゃん?」と声を掛けられた。

上二人姉の末っ子な俺をそう呼ぶのは、2年ぶりくらいにあった嫁だった。
嫁、俺市の高校に自転車で通っていた。
中学生の時の嫁も覚えていたが、当時はまだ棒のようであったが、
さすがに高校生になると女性・・いや、女になっていた。

もうバブルは弾けてしまったが、製造業はまだまだ元気に国内生産であったために
地元にもたくさんの日系の人がいたので、田舎なのに外国人はありふれた風景であったが、
それでも高校の夏服着た外国人女性ってどんなAVですか?っていう光景だと今なら思う。

とりあえずコンビニで嫁にアイスを買い与え、お互いの近況報告をした。
30分くらいは駐車場で立ち話をしていたが、そろそろ戻らないということで嫁と別れた。

嫁「休みの日には店に遊びに来てね。」
俺「遊びに行くよ。」
そんな会話をして別れた。




2001832020/05/17(日)05:03:15 ID: XkWNSG180.net

それから一か月後だったと思うが、受任している業務の関係で俺事務所に義父がやってきた。
徐々に国内も不況の波がやってきた。
ラインを縮小したりして、真っ先に首を切られるのは、
日系の人たちだった。そのあおりで義父の店も売り上げが落ち込んでいるらしい。

義父は帰り際、たいぶまともに話せるようになった日本語で俺を呼んでこう言った。
義父「俺君忙しいの?娘が約束したのに来ないと怒ってるよw。」
俺「・・・今度伺います。」

週末に久しぶりに義父の商店に行った。
店番をしていたのは、嫁と義母だった。
嫁「やっと来た。」




2011832020/05/17(日)05:05:58 ID: XkWNSG180.net

最初こそやや怒り気味であったが、すぐにニコニコし始めた。

義母から二人でお昼でも食べてこいと言われて、徒歩で近くのブラジル料理店へ
その道すがらも含めて食べながらひたすら会話は嫁主導w。

食事終わってカラオケに行きたいとかで、車で移動してのカラオケ屋
女子高生3名「嫁ちゃーん!!」
受付で嫁同級生に遭遇し、しばしキャーとか言われながら、俺の鑑賞会が行われる。
嫁、カラオケ絶唱ww意外と上手かった。
俺、へたくそ・・・・嫁爆笑。

カラオケ屋では嫁が腕とか組んでくるので、俺は少々というかかなりドキドキしていた。
嫁16歳だったんだけど・・・近くにいると女感が半端ない。
もう俺、崩壊寸前www。

そんな俺を救ってくれたのが、門限というか店番の交代時間。
4時には交代に戻らなくてはいけなかったので、ぎりぎり崩壊は免れた。

この再開からは、月に1度は食事&カラオケまたは食事&お散歩の付き合いがあった。
嫁は女感が半端ないものの考え方は、そこらへんにいる年齢なりの女の子だった。
だから手をつないでとかせいぜいその程度のプラトニックなデートに終始した。

また、休みの日の店番が終わって家に帰るときには、良く公衆電話から俺に電話を掛けてくるようになった。
会話内容といってもほとんどは、学校で今週何があったとか嫁主導で話しているだけであったが、
俺に話を振られても自宅で起きて徒歩で俺事務所に行って夜は
何食べて勉強をしてとか話題がなかったので、
嫁「他に何もなかった?」そんな感じで良く責められたw。

そんな他愛もない会話であったが、俺は意外と楽しかった思いがある。
そして、その年の夏、俺22歳(3月生まれなので)の運命の国試・・・・落ちたww。




2021832020/05/17(日)05:12:59 ID: XkWNSG180.net

自分としてはそれなりに努力したつもりであったが、試験中にも手ごたえがなかったので
ある程度は予想されていたことだった。
俺父「来年がんばれ」
その一言だった。

嫁とは引き続き電話と月1回のデートくらいかな?
翌年の春休みには嫁がどうしてもディズニーに行きたいとかで行くことになった。

ちなみに、俺の家族、父、母、姉1、姉2、俺で以前に母に聞いたが、当初予定は子供は2名の予定であったが
娘二人だったので、最後の希望で作ったら俺が生まれたそうだw。
嫁家族は義父、義母、義姉1、義姉2、義姉3、嫁と女ばかりw

このディズニーの時は義姉2がついてきた。義姉たちだが・・・正直アマゾネス軍団だった。
結構ごついのよ・・・ごついところはお父さん似かな?
嫁はどちらかといえば義母似かな。

ディズニーに着くと、嫁と義姉2・・・はしゃぐはしゃぐ。
姉妹で俺を置いてけぼり。
そして最後にエレクトリカルパレードの時、座って待っていたのだが、気が付くと義姉2がいない・・・。
横には嫁のみ・・・。

嫁黙って・・・こちらに体預ける。
もう・・・崩壊寸前。
さらに追い打ちで嫁は顔をこちらに向ける。

・・・崩壊。




2031832020/05/17(日)05:18:44 ID: XkWNSG180.net

これは後で嫁から聞いた話だが、何度かキスを誘発するように誘っていた嫁が
誘いに乗らない俺に対して業を煮やして姉にいろいろ相談していたらしい。

もちろん義姉2はちょっと離れたところで俺たちをニヤニヤ見ていたのは間違いない。
帰りの車の中では、後部座席でポルトガル語で姉妹大盛り上がりだったからね。
それから月日は流れ、俺23歳(3月生まれなので)、嫁17歳の夏。
そう・・・2回目の国試チャレンジ・・・・また落ちた。

俺父「お前は何事にも真剣みや必死さが足りない。」

自分としては必死に頑張ったつもりであったので、俺父の言葉は少し響いた。
時代は氷河期と呼ばれるときになっていた。
工場の移転とかライン縮小とかいよいよやばくなっていた。
義父の商店も売り上げ減で結構やばくなっていたのは知っていた。

そして年が明け、嫁からのいつもの電話を受けていた時に
嫁の涙声からこの年の急展開が始まるのだった。

つづきはまた夜に




204名無しさん@お腹いっぱい。2020/05/17(日)05:18:45 ID: 2Pv58MNQ0.net

ワッフルワッフル




209名無しさん@お腹いっぱい。2020/05/17(日)10:19:24 ID: uzw2Uod/0.net

ブラジル嫁のビジュアルがもう少し想像できれば・・
日系ラテン系スラブ系、どの要素が強いのか




2111832020/05/17(日)14:24:15 ID: XkWNSG180.net

嫁「もう日本にいられないかもしれない。」
嫁自身も商売が上手くいっていないのは知っていたそうだが、
アパートや商店の家賃や普段の生活費を考えるとぎりぎりで
少ない貯金を切り崩してやりくりしている状態であった。

とりあえず店は閉める方向としても、生活費を捻出するのに義父もいろいろと動いているが
日系の出稼ぎ労働者に良い働き口はなく、かなり厳しい状態であったそうだ。

嫁「ブラジルに帰っても幼馴染はいるけど、
今の友達は日本にしかいないし、おにいちゃんにも会えなくなるよ。」
電話から涙声で叫んでいる嫁を俺は慰める以外の言葉は出なかった。
翌日、俺は夕方に義父を訪ねて商店まで出向いた。

商品もまばらになって寂しくなった店内で、義父は俺に今までのことを話し始めた。
義父がブラジルを出て日本に来たのは、ブラジルが不景気でデフォルト一歩手前の時だったらしい。
治安も悪し、生活もその日暮らしで家族の将来を考えると、何も希望が持てなかったらしい。
そんな時に日系人である義父は、日本での働き口があるとの話で単身で日本に渡ったらしい。
日本のことは祖先の祖国であることは知っていたが、ほぼ何も知らないでやってきた。

日本は豊かな国で治安も良ければ、物も豊富にあり、賃金もよく、将来に希望が持てた。
最初は何年か働いてお金が貯まったら、帰国する予定だったが、家族のことを考えると
ブラジルより日本の方が良いのではないかと思い、日本に家族を呼んだそうだ。
すでにこちらで日系人同士で結婚した義姉1夫婦は仕事がなくブラジルに帰国したそうだ。
決して楽ではなかったが、義姉3までは日本で学校に通わせ家から巣立つことができた。
でも、嫁はまだ巣立っていないが、このままでは在留資格もお金もなくなるので
帰国するしかないとのことだった。

義父としては、義父夫婦はどこでもどうにでも生活できるだろうが、
末っ子の嫁は日本でしか生きられないのでないかと言っていた。
義父は俺と嫁が付き合っていることは、当然知っていた。

義父としては、不景気になってから出稼ぎの外国人を先に首が
切られるのもたくさん見ていたので、
嫁の結婚相手としては、安定した職業の日本人が良いと考えていたそうだ。




2121832020/05/17(日)14:30:37 ID: XkWNSG180.net

義父「俺さん、嫁のことどう考えてるの?」
直球過ぎる義父の問いかけに俺は滝汗できょどる。
俺「・・・好きですよ。」
義父「嫁と結婚してくれないか?」
突然の結婚要請で俺、何も言葉がでなかった。

追い詰められた・・・。将来的にそういうのもありなのかなと
漠然と考えることがなかった訳ではないが、
嫁はまだ高校生だったし、俺自身も見習いみたいな中途半端な状態。
簡単に結論を出せる状態ではない。
次の週末に嫁と会うことになった。

シャッターが下ろされた元義父商店を前に二人で待ち合わせをした。
俺「なくなっちゃたね。」
嫁「・・・うん。」
いつもの公園で話をする俺と嫁。
嫁は初めて出会った時からの想い出を語りだした。

俺は自分が小さいときに親や姉たちからそうしてもらっていたので
無意識だったのだが、しゃがんで目線を合わせて嫁と話をしていた。

嫁は最初からそうして話をしてもらえたので嬉しかったとか、
ハンコ屋の後もいろいろと話しをしてくれたので嬉しかったとか。
その後も俺と話がしたくて俺事務所に義父が行くときに何回か付いていったけど
なかなか会えなかったので寂しかったとか。

コンビニの駐車場で休憩していた俺に偶然出会ったときは、
神様に感謝して思わず祈ったとか。

嫁「もう、おにいちゃんにも会えなくなっちゃうよ。」
号泣に近い状態で嫁にそう言われた俺は完全に思考が停止してしまった。
俺「嫁ちゃん、俺と結婚してくれませんか?」
嫁は号泣しながら俺の胸に飛び込んできた。
俺「大丈夫、なんとかするから。」

俺24歳(3月生まれなので)、嫁17歳のまだ桜は咲いていないが決意した春。
その日の夜に俺家の家族会議した。




2131832020/05/17(日)14:36:24 ID: XkWNSG180.net

とても意外だったのが、俺母はノリノリだったのこと。
俺父が大反対だったこと。
俺父の意見としては、まだ国試も合格していない見習いの身で
どうして家族を幸せにできるのかというシンプルな理由だった。

俺父としては、資格取得して自立するか、
別の職業に就いて生活基盤をしっかりと持てとのことだった。
正論だけに何も言い返せなかった。

また、これは俺にとって修羅場だったのだが、
稼業を継いでくれとは今までに一言も言っていない。
お前は何をしたいんだということだった。

確かに俺父からは何も言われたことがなかったが、
俺母からは小さいときから跡継ぎとよく言われていたので、何も疑問に思っていなかった。
この日は何も結論が出ないまま終わった。

翌日、嫁と電話で会話した。
俺「俺父に反対された。
嫁は明らかに落胆した声で「私が外国人だから?」
そう聞いてきた。
俺は嫁に俺父の反対する理由を伝えた。
「よかった。」嫁は安堵したような声でそう言ったが、明らかに空元気であることは
俺も分かっていたし、その気持ちが伝わると俺は胸が苦しかった。

それから2週間後に急遽両家の家族会議が俺家で行われた。
参加者は、俺父、俺母、俺姉1、俺、義父、義母、嫁。
冒頭から俺父ターンで息子の結婚相手に反対する意思はないが、
本当にこんな息子で良いのか?
という嫁家族への意思確認だった。

また、こんな条件も話し合われた。
嫁は高校卒業まで俺家で同居をする。
嫁の就職は、嫁の意思で働きたいところがあれば尊重するが、
特になければ俺事務所で事務員として雇う用意があること。

結婚前提とはいえ未成年を預かるのだから、結婚するまで男女の仲は禁止。
禁止を破ったら、俺は俺家から直ちに退去で一人暮らし開始。




2151832020/05/17(日)14:55:01 ID: XkWNSG180.net

嫁家族はこれについても特に反対意見はなかった。

後で俺母から聞いた話だが、俺父は最初の家族会議の翌日から義父と話を始め、
義父たちの再就職先を伝手を頼って探していたらしい。
さすがに不景気なので正社員の口はなかったそうだが、それでもなんとか
夫婦で暮らす程度給料がもらえる働き口は見つけたらしい。

ただし、それまでに借金も作っていたので、それの返済を考えると今まで通りというは
厳しかったらしい。俺父はそんな相談を俺母としていたらしいが、
俺の結婚にノリノリだった俺母は、今から同居しちゃえば?ということだったらしい。
また、何故か会議に参加した俺姉1は単純に嫁見たさの野次馬だったらしい。

また、これは義父から家族会議後に話されたのだが
義父「俺父さん厳しいね〜。結婚するのに同じ家に住んでて男女の仲禁止とかww。」
義父にニヤニヤされてしまった。

この会議の翌週から俺家での嫁との同居が始まった。
昔、俺姉1が使っていた部屋が嫁の部屋になった。
嫁は俺家族にすぐに馴染んでくれた。

明るい性格であったこともあるが、
俺父にも「おとうさん、おとうさん」と呼んでいたし、
いってきます。ただいまもいつも明るく話していた。

そんな嫁のことを俺父も口元が緩んでいたし
、俺母なんて「嫁ちゃん、嫁ちゃん」なんて言いながら良く買い物につれていった。
また、俺家族と同居といっても週2日程度は嫁家族と暮らしていた。
むしろこの同居の時は俺の方が地獄だったww。

俺家にいる時は、ほぼ毎日風呂上がりにTシャツ&ハーフパンツで無警戒な嫁が、 俺の部屋のベッドで漫画を読んでいつもいるんだよ。
こっちは試験勉強してるんだけどさ。




2171832020/05/17(日)15:05:59 ID: XkWNSG180.net

そして何事もなく俺24歳(3月生まれなので)、嫁18歳の運命の夏・・・落ちた。
今まで以上に必死に勉強もした。俺父にも業務について初めて話を聞いたりもした。
それなりに手ごたえもあったと思うが、やはりだめだった。

発表があって不合格が確定したところで、
職探しどうしようかと抜け殻になっている俺に俺父は真っ新な履歴書と名刺を一枚取り出して
俺父「ここに面接行ってこい。俺がするのはここまでだ。」

名刺にはとある団体の総務部部長の名前が書かれていた。
翌月から俺はサラリーマン生活を始め、ようやく俺家から巣立ったらしい。
俺父「家には住まわしてやるから、生活費は月5万は入れろよw。」

実は今も同居をしていて当時の倍以上は生活費を俺父に渡しているのだが、
これは俺父→俺母→嫁で入れた以上で返されていた。
嫁も渡されたお金を全て貯金に回していた。
俺がこれを知ったのは、長女の大学の入学金を払う時だったが、今も知らないことにしている。
そして、その年のクリスマス。
少なかったが初めてボーナスももらえたので、嫁に内緒で婚約指輪を用意した。

義父たちと食事をした後で、いつもの公園に嫁を誘った。
俺「嫁ちゃん、俺と結婚してください。」
なけなしの勇気を振り絞って指輪を差し出した。
嫁は小さく「うん」って何度も言いながら俺の胸中で泣いていた




2191832020/05/17(日)15:20:23.39 ID: XkWNSG180.net

そして年が明け俺24歳(3月生まれなので)、嫁18歳の3月に嫁は高校を卒業した。
何故か卒業式には俺も呼ばれた。有休の理由が大変だったよww。

まあ、写真係ではあったが、最後に俺と嫁の写真も撮った。
卒業式後・・相変わらず嫁は俺姉1の部屋に住み、「おはよう」、
「行ってきます」「ただいま」、の挨拶が同じように繰り返されていた。
唯一違うのは、俺は車に乗って家から会社に出かけ。
嫁は学校ではなく俺事務所に歩いて行った。

夜に居間で俺父と飲んでいた時に、
俺父「お前、いつ結婚するの?」
俺父に唐突に聞かれた。
俺はお金があまり貯まっていないこともあり、早くても来年かもと言った。
俺父「嫁ちゃん。結婚式のことを何も話してくれないってぼやいていたよ。
華美にやる必要なんて全くないし、お前たちがすることに俺は文句も言わないが。」
煮え切らない俺に俺父が背中を押してくれたんだと思う。

翌日、さっそく嫁に結婚式の相談をした。
嫁・・・本当に喜んでくれていた。
ドレスとか写真とか、結婚式とか予想していたけど高いので予算的にはぎりぎりだった。
披露宴になるパーティー費用も考えて、新婚旅行は来年だね〜なんて話していたら、
俺父から祝儀前渡しとかで100万円もらった。ww

そして夏になった俺25歳(3月生まれなので)、嫁19歳の7月に俺たちは結婚した。

梅雨明けはまだだったが、その日は運良く晴れてとても暑かったことを覚えている。
教会で俺は音楽とともに義父に連れられバージンロードを歩いてくる嫁を見ていた。

何故か「いらっしゃいませ〜♪」って言ってくれた棒のような子供だった嫁や
指輪を渡したときに泣いていた嫁を思い出して、俺が号泣していた。
俺父「馬鹿がw」
俺母あらあらって感じで笑ってた。
嫁もくすくす笑っていたと思う。

結婚に至るまでの足掛け7年が終わり、どちらかが亡くなるまでのそれからが始まった。

終了




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