引用元:本当にやった復讐 3

821/22015/08/28(金)16:42:36 ID:E7R

最終結果は自滅だけど、そうなるよう仕向けた復讐
スマホからであまり校正してないので乱文失礼

俺は物心ついた頃から野球バカで、小学生の頃はリトルに入って野球ばかりしていた
低学年の頃は試合にはでれないので、特に序列もなく和気あいあいでやっていた
ところが高学年になり、レギュラー争いが始まると、それまで仲の良かったNが豹変した

ふよ速人気記事



当時ピッチャー志望の同級生は俺とNを含め5人
Nがエースで俺が二番手だった
Nの実力は高く、二番手とはいえ俺は実質登板機会なしだった
だがなぜかNは俺を目の敵にし、陰湿ないじめを繰り返した
幸い些細なことばかりな上俺自身が生来楽天家なこともあって、ほぼスルーしていた
それが余計にNをヒートアップさせたらしい

6年生のある日、俺は練習終わりの帰り際に、Nに突き飛ばされ、河川敷の堤防から転落した
利き手を痛めた俺はピッチャーを続けられなくなった
目撃者もおらず、事故扱いとなった
俺はピッチャーができなくなったショックで何も言えなかった

中学に上がった時、野球はもうできないと思っていた
けれど、恩師の勧めでポジションを変更して続けることにした
キャッチャーに転向した俺は、毎日のようにバッティングセンターに通って捕球練習をした
三年頑張って続けた結果、レギュラーも獲得し、キャプテンも務めることができた
高校に上がってもキャッチャーを続け、大学は教育系に進もうと決めた
自分の経験をもとに、怪我をした子に野球を続けさせてやりたいと思ったから





832/22015/08/28(金)16:43:07 ID:E7R

だが、大学でNと再会してしまった
Nは中高と中堅私立に進学し、そこでエースを張っていた
そこそこ名前も売れていたし、当時のドラフトレポートに名前だけではあるが出たこともあった
なぜ教育系の大学の、大して強くない野球部に来たのかはわからない
そして新歓のあと寮に戻る道すがら、ほろ酔いだったNは俺に絡んできた
「まだ野球やってたのか」
「さすがにピッチャー続けれないよなあれじゃ」
「まぁ、どうせ続けててもヘボピッチャーだっただろうし、いいんじゃね?」
「あ、キャッチャーとしてなら組んでやってもいいよ」
など、散々なことを言われた

謝ってきたなら許しただろうし、黙っていれば許せなくても飲み込んだと思う
けれど、反省のかけらもない態度に怒りを覚え、復讐することにした

ただし、同レベルに落ちるつもりはなかった
俺は黙ってNとバッテリーを組んだ
さすがにリストアップされるだけのいい球を投げていた
ただ、すべての球種に自信があるため、配球に関しては全く興味を持っていなかった
また、ピッチャー以外のポジションについても基本的なことしか知らず、細かいテクニックには無知だった
そこで俺は、先輩の球を受ける時とNの球を受ける時で細かい差をつけた
大雑把に言うと、先輩と組む時は打たれにくい配球をし、きわどいコースがストライクになるようキャッチした
Nと組む時は、その逆をやった
当然、N以外と組んだ成績は悪くないし、俺とNの因縁など誰も知らないのでバレる要素もなかった

結果、Nは前評判を覆すほどに打たれ、焦ったNはフォーム改造と無茶な練習を繰り返した
それに乗じて、明らかに肩肘を痛めるであろうフォームで投げている時を狙って、いい音を立ててキャッチしてやった
結果、二年の秋にはNは故障
プロを諦めれず手術したものの復帰時には120キロも出せなくなっていた
Nは退部し、同時に大学もやめて地元に帰っていった
俺は四年までキャッチャーを続けたが、それできっぱり野球をやめた
指導者になる道に未練はあった
けれど、自分のエゴ、復讐のために1人の、しかもプロになる可能性もあった選手を壊した
そんな自分が子供たちを指導するのが怖かった
いつか同じことを教え子にしてしまうかもしれないのが嫌だった

俺には今、妻と息子がいる
息子は来年から、俺がかつていたリトルのチームに入る
妻も息子も、俺が野球をしてたことを知らない
俺を知っている人もチームにはいない

偶然なのだが、息子がキャッチャーをやりたいと言っているのを聞いて、その夜は1人で泣いた
だが、俺が息子を指導することは、絶対にない




84名無しさん@おーぷん2015/08/28(金)19:25:15 ID:aNp

プロになる可能性のある奴を壊したって言うけど
ライバルを文字通り突き落とすような奴は
最初から壊れてたんだよ。あんたが壊したわけじゃない




アクセスが多い人気記事!

アンテナサイトを経由して記事に移動します


管理人からのお知らせ( ^ω^ )

  • このエントリーをはてなブックマークに追加