思い出に残る食事

537 :にゃん:2000/05/08(月) 21:52
おととしの、秋の話しです。
私が小学校5年の時に家をでて、居場所のわからなかった母に、
祖母の葬式の時、23年振りで、顔をあわせました。
その時、母の家に遊びに行く約束をしました。

その日は、私が料理を作りました。
ハンバーグと肉じゃがと、簡単なサラダです。
2人で食事をして、お酒を飲んで、
はじめはあたりさわりのない話しをしてましたが、
だんだん、「何故いなくなったのか?」という話しになりました。
母はたんたんと話します。
私も、母がつらくならないように、途中、冗談を入れながら、
聞きました。

帰る時、「今日はおかあちゃん、なんもできひんかってごめんな。」と、
言ったので、私は「ほな、残ったごはんで、おにぎり作って」と言いました。
母は、「そんなんで、ええんか」と笑いながら作ってくれました。

帰り、駅からタクシーに乗りました。
今日のことを思い出しているうちに、不覚にも涙がててきました。
運転手さんがびっくりして、「気分悪いんか?」と
聞かはりました。私は、
「いえ、なんか、嬉しくって、泣けてきちゃったんです」と、
泣き笑いしながら、運転手さんに、今日の事を短く話しました。
すると、運転手さんも一緒に泣き出してしまいました。
「よかったな、よかったな」と鼻水まですすってました。

家に持って帰ってきたおにぎりは、冷凍庫にいれて、
元気のない日に、1コづつ、大事に大事に、食べました。

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引用元:実親と生き別れ?して探して会った方いますか?2

156名無しさん@HOME2012/02/06(月) 09:48:22.22 0.net ID:

上の文の者だけど(本にも収録されたなぁw)、
あれから13年、後日談を書いてみようと思う。

私は結婚して出産。
出産後の入院中にお祝いを持って1回、子が1歳前後の頃に1回、
母が来てくれました。

メールや電話でやりとりはあるも、
こちらから会いに行くと言っても「仕事が忙しいから」と断られる事、何回も。
なので、上の2回以来、会っていません。
今は疎遠。電話すら…

母が言ってた言葉。
「私は、償っても償いきれない事をした。
 いまさら親子なんて、どの顔下げても出来ない。
 どうか、知り合いのおばちゃん程度に思ってな」

なんという水臭いことを、と最初は思ったけど、だんだん、
母の方から連絡がなくなり、疎遠になった。
私は、最初は納得し難かったけど、母の意を解しようと思った。
互いに(経済的にも精神的にも)もたれあわず生きて行くには
これが最良と、母は考えたのだろうな。




157名無しさん@HOME2012/02/06(月) 09:49:14.34 0.net ID:

(つづき)

思えば自分、出産した後、精神的に母に依存しようとしてたな~と。
(母と、生まれた子と、旦那と自分とで、仲良くおつき合いドリーム、みたいな)
正直、母からしたら、ちょっと鬱陶しい存在だったかもというか、
勘違いはっちゃけしてたかもな。

母の老後(今すでに老人だけど働いてはいる)、
母から生活がどうにもならないと連絡があれば、こちらも考えるのですが、
多分母本人からは、孤独死しそうになっても、そういう連絡してこないだろうな。
(母方の身内から「なんとかしてやれ」の連絡はくるかも)

再会後、濡れ雑巾のようにべっちゃり頼ってたかる親もいる中、
うちの母みたいなのもいるってことで。




158名無しさん@HOME2012/02/06(月) 10:02:35.94 0.net ID:

おっ、肝心な事書けてませんね。
上のリンクからだと、母が消えた理由が分からない。

母が出て行ったのは、旦那(私の父)によるDVです。
なにが一番怖いと言って、母自身が、
あのままだと、差し違えをしてたかもと言っていました。
それまでも、母は何回か逃げていたのですが、
(1人だったり、子供も連れて行ったり)
そのたびに連れ戻されていました。
なので最後に「完全に消息を絶つ」事を選んだそうです。
子供が居るとそれは無理なので、子は連れて行かず。
(決定的な事件があったのもきっかけになった)

父は、夫としてはDVでも、子供に手をかけるタイプではなかったので、
その点では安心していたのでしょう(実際そうであった。今は故人)。

それでも、私は子を置いて母だけ消える、ということに関して、
理解はしきれないな~と。理屈では理解出来ても、共感はできない。
自分が子を置いて出て行くなんて、どんな状況でもあり得ないな。
まあ、当時と今とでは、社会の状況も違いますからね。
(その頃はDVなんて周知されてなかったし、救済する機関もなかった)




159名無しさん@HOME2012/02/06(月) 23:12:18.52 0.net ID:

乙。
色々あったんだと思うし、
色々考える事もあったと思う。
何にしろ、貴方の人生に幸多かれと呪っておく。




160名無しさん@HOME2012/02/07(火) 11:58:16.88 0.net ID:

呪い、ありがとうね。
今は普通に幸せに暮らしているよ。
子供の時、絶望的な気持ちで夢見た、
ごく普通の、裕福でもなければ貧しているわけでもない、
どこにでもある家庭です。
旦那にも子にも感謝しています。




161名無しさん@HOME2012/02/07(火) 14:03:15.66 0.net ID:

>絶望的な気持ちで夢見た

ああまさにこの気持ち。
「普通」が憧れだった。
漫画にあったお姫様みたいな生活なんかじゃなくて
両親がいて自分がいて普通の家があってご飯がある生活。

感謝できる心を持ち続けるのって大事だねと改めて思える。
ありがとう>>160




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